『高岡浩三のイノベーション道場』
~サービス業・ピープルビジネス編~
ケイアンドカンパニー株式会社 代表取締役
前 ネスレ日本株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 高岡 浩三 氏

ネスレ日本の経営者として、業績改善とともに「ネスカフェアンバサダー」などの既存の枠組みを超えたビジネスモデルによるイノベーションを実現し、現在は「高岡イノベーション道場」などを展開する高岡浩三氏に、近年の成長鈍化から見る日本企業の構造的課題と、その中でイノベーションを起こすための秘訣を語っていただきました。

日本企業は「稼げていない」

本題に入る前に、いま日本はまったく稼げていません。
ご覧のチャートの左側、日本の企業は赤字も含めて60%を越える企業が、一桁・半分以下、いわゆる5%未満の利益・営業利益率しか稼げていない。
それに引き換え、アメリカでは世界でも利益率が高い、利益率を重視する国ではあるのですが、なんと5%未満という企業は14%でして、実に80%近くは10%以上の営業利益率なんです。いかに日本の経営者が稼げないかがわかります。

「失われた30年」という言葉で表現されますが、1990年バブルの絶頂期・世界の企業の時価総額トップ20の顔ぶれを1990年と2020年の30年後の比べてみると、実はNTTさんが、1990年、32年前には世界の時価総額のトップでした。
そしてこのトップ20社で実に14社と、日本企業がトップ20の70%を締めていました。
ところが2020年の7月末現在ではゼロ。1社もない。日本でもっとも時価総額が現在高いトヨタ自動車でさえ、この2020年の7月末現在ではトップ50社にも入っていないのです。

「この日本企業の落ちぶれ方というのは、いったいなんだ?」
これはフィリップ・コトラー先生から何度も聞かれたことです。しかも、この失われた30年の間では、どの先進国も給料があがっている。
韓国でさえ80%も給料が上がっているのに、日本だけがまったく上がっていない。

「日本株式会社モデル」の成り立ち

フィリップ・コトラー先生に十数年前に初めてお目にかかれる機会があって、それ以来親しい間柄なんですが、彼がに初めに言われたことは「浩三、私はバブルの頃までは日本というのは、本当にイノベイティブなすごい国だと思っていた。それがこの30年でなんでこうなってしまったのか」
この問いにみんな、なかなか答えられないのです。

私はそれから一生懸命考えて、日本株式会社モデルと名づけたんですが、そもそも、なぜ日本は戦後これだけ発展できたのかというところに立ち戻る必要があります。

1945年、戦争ですべてを失って、そこからアメリカから資本主義を導入して、会社を作って復興していこう。ところが普通の投資家がいないので、外資に頼らざるを得ません。

ところが日本では、どのような外資企業でも、その業界でトップという企業はありません。
P&Gさんも花王さんには圧倒的に差を付けられていますし、コカ・コーラさんも、ネスレも、サントリーには遠く及ばない。
ちなみにネスレはどこの国に参入しても、業界で一位か二位が普通なのですが、日本だけはトップ20に売上げが入るか入らないかといったところです。
かねがね私はずっと、どうしてかなと思っていました。

当時は日本だけで復興をしようという動きがありました。これはもっとも至極な発想ですよね。すばらしい。しかし投資家がいない、金がない。
当時金をもっているのは銀行だけだったので、地方銀行も含め銀行が大株主になる。これがメインバンクシステムの始まりです。これは世界に例がない日本固有のシステムです。

みんな中小企業だったので、資本を入れるけれども、配当を要求しないんです。
それよりも稼いだ金は全部再投資。そして銀行は短期の融資を貸しますから、その利息だけでいいと。それよりも10年・20年たって会社が大きくなったら、その会社の時価総額が大きくなって、大きなリターンになって返ってくるということで、売上市場主義になったのです。

労働力が支えた日本のシステム

そして、その当時の経営者がすごかったというよりは、実は労働力がすごかった。
敗戦国で新興国でありながら、7500万人の人口があった中で、読み書きがほとんどできる国はその当時はなかったのです。

しかも労働力のコストは世界一安い。そうすると、人口は1945年の終戦当時7500万、バブルを迎える50年後には1億2500万。50年で5000万人にも増えたということは、毎年100万人増えている。今60万人減っていますから、非常に大きな差です。ですからいい労働力・安い労働力を使って、よりより品質の製品をより安く作ることができた。
それを人口が100万人ずつ増えている国内で売り、なおかつ、コスト競争力をもって世界に売って輸出できた。これが日本の方程式です。

だからある意味、社長は誰がやってもよかったので、二期四年・三期六年みたいな世界で、あまり例をみない社長の任期みたいなのも決まってしまうのです。
株主総会で社長の任期は決まります。悪ければ次の年に首になるかもしれない。でも良ければ10年でも15年でもやります。そうですよね。でも日本だけは勝手に決めているんですよ。

なぜかというと、あの高度成長期では誰が社長をやってもできたのです。1人のひとが10年も20年もやったら不公平だと。霞が関の理論と一緒です。みんな東大を出て、同期で一人事務次官になって、任期は1年か2年だと。いまだにそうですよね。だからこそガバナンスができなかった。メインバンクが大株主だから、株主総会がいらないですよね。しかも利益だせとは言わない。売上至上主義。だから利益率が低いのです。稼ぎ方を知らないから。

そして社長の任期のようなものも決まった。だからプロの経営者が育たなかったというのが、ある意味、復興の段階ではすばらしいイノベイティブなモデルだったのですが、バブルがはじけてから、これをあまり大きく変えることなく来てしまったので、実は失われた30年が起こってしまったというのが、私の持論です。

これを話しだしてから10年以上経ちますが、今まで誰からも反論はないです。

そんなことをいいながら、ネスレ日本はどうかというと、あまり大きな声ではいえないですが、私が社長になるまで20年以上、右肩下がりでした。
だいたい胃袋の数が減っているんですよね、人口が減って。それから高齢化です。「世界で一番早くに」です。胃袋のサイズも小さくなる。ネスレ日本は輸出できない。
だからほんとに厳しい。これは1990年から2010年の平均ですが、日本は売上がマイナス4%くらい、グローバルでは常に5%くらい伸びている中でです。
ただ営業利益率は昔からネスレ日本は高かったんですね。

ですから、これだけ売上が下がっていても、私の前任者まで全員例外なく、スイスの本社の役員に昇格しました。アジアの中ではダントツの稼ぎ頭だったので。

ネスレの中では売上よりも利益なんです。利益金額の多い・少ないで順列が決まります。そういうこともあったのですが、それでも14%、日本の食品企業の平均より圧倒的に高いです。今もまだ高いです。

ネスレ日本で推進した“先進国型の利益ある成長モデル”

ネスレにはトップにはその国の人間を置かないという暗黙のルールがありましたが、日本だけはちょっと特殊なので、海外でも例がなかったのですが、150年の歴史の中で初めて、日本人で日本のマーケットの社長を務めさせていたきました。

その時はスイスの本社に行って、所信表明演説をさせられます。どうするのかと、むこう10年間、3年計画ではなく、社長になったらまず10年、やれなくてもやれるつもりで、10年後どんな会社にするんだ、どんな売上・利益、それをどうやって達成するんだということを発表させられるんですね。

そこで私は、「日本は人口減少と高齢化で縮小している。そして欧米、とくにヨーロッパの先進国も中国も、日本みたいになりたくないと思っている。要するに先進国もこれまで日本以外は移民を受け入れてきたからこそ、人口が減らなかった。それが社会問題化して、できなくなった。だから日本みたいになるのがみんな怖い。その中で、もし日本がちょっとでも毎年売上利益を上げられるようなモデルを作り上げることができれば、それは世界の宝じゃないか。それを作ります。そのためには、新しい、ネスレもやったことがないようような、21世紀型のマーケティングと本当の意味のイノベーションを起こす」と言いました。

先に結果だけいいますと、ネスレ日本は私が率いてからの10年で、マイナス成長から脱却し、+2.6%、2011年から2020年の10年間で、ネスレグループの先進国売上の平均である+1.6%を上回ったんですね。しかも営業利益率は私が率いた時には12%まで落ちていたんですが、それを25%まであげた。世界時価総額トップのアップルの営業利益率とほぼ一緒です。

新しいマーケティングとイノベーションとは?

それを実現した新しいマーケティングとイノベーションとはいったいなんなんだということですが、ネスレはマーケティングが得意かというと、決してそうとは言えません。
その証拠に、ネスレが自前で作ったイノベーションは、40年以上さかのぼったあのネスプレッソしかないんです。あとはよそから買収してきたものです。キットカットもそうです。自分で作ったわけではありません。ロンドンのマッキントッシュを買収してもってきたものです。ですから自前でイノベーションをやった経験が40年以上ないわけです。もちろんネスカフェは自前ですが、90年前です。

だからこそフィリップ・コトラー先生と一緒になって、「21世紀のマーケティング」という本まで書いて、先生のお墨付きをもらって、社内外に展開しました。もうちょっと実務家としてマーケティングを、うちの社員全員がわかるようにしないといけないという想いからです。

マーケティングとは?

マーケティングとはいったい、なんなのでしょう。フィリップ・コトラー先生の「マーケティング・マネジメント」にも定義は書いてあるんですが、それを暗記したところで皆さんが明日からマーケティングできるわけではない。ましてや、先生の本を読んだから、すぐできるわけでもない。

だから私は自社の社員3,000人に、マーケティングで働いていない人も含めてマーケティングをしてもらわないといけないと思ったので、顧客の問題を解決することによって作られる付加価値、この付加価値を作るプロセス・活動すべてマーケティング活動というんだと定義し、この顧客の問題に焦点をあてたんですね。

皆さんのどんな商品・サービス・BtoC・BtoB限らず、必ず顧客問題の解決があるからこそ、お客様に対価を払ってもらって、買っていただいているわけです。
それを意外と考えない人が多い。この顧客の問題ということに焦点を充てると、イノベーションとリノベーション、これはネスレの社外用語ですが、きちんと説明できるようになったんです。

イノベーションとは?

ではイノベーションとは何か。実は顧客の問題には2通りあって、市場調査ででてくるようなお客さんが分かっているような問題、これを解決してもイノベーションにはならない。

これは実はリノベーションです。イノベーションとは、お客さんの声から聞こえてこないのです。なぜかというと、本人が問題だと思っていないからです。もっとわかりやすくいいますと、絶対解決できないと思い込んでいるんですよ。

解決できないと思い込んでいたら、問題にならないんです。でもその問題をこちらが先に紐といて解決したときにできるもの、めったにできないんですが、それがイノベーションです。だからめったにイノベーションはできないわけです。

産業革命におけるイノベーション/リノベーション

例えばこの部屋の空間の中が暑苦しい。古代からある問題を解決してきたイノベーションは、実は太古の時代に、大きな食物の葉っぱをむしりとって、うちわ代わりにしたところがきっかけとなってできた、うちわ・扇子。これが何千年という長い人類の歴史の中で、唯一の解決方法でした。

それが第二次産業革命で電気と石油が発見されて、初めて扇風機ができる。市場調査がこの時代に仮にあったとして、扇風機を作ってくれっていうアイデアが、お客様から出てくるはずがありません。これはイノベーションです。

それから30年くらいたって、今もっとも我々が享受しているのは、空気の中の湿気が問題だと分かった人がいて、エアコンができた。これもお客様から出てくるわけがないですね。このふたつとも未だにリノベーションは続いています。扇風機はとうとう羽のないものまででてきた。これはお客様が「もっとこうしてほしい。」最初の扇風機は首もふらなかった。家族が5人いたら場所の取り合いになる。だから首をふってほしい。これはお客様からでてくる、つまり全部リノベーションです。

ですから、もうお客様があきらめているような問題を解決しようと思ったら、実は人類が今まで持っていなかったようなエネルギーが必要になってくる。それが第二次産業革命の時の電気と石油。そしてありとあらゆるものができたわけです。飛行機も飛んだ。車も走った。でも第一次産業の石炭で得た蒸気では、蒸気機関車しかできなかった。

だから多くのイノベーションは20世紀にできて、だからこそ多くの大国家が20世紀に生まれるわけです。そして1980年代、その20世紀の問題解決を電気と石油でほぼほぼやりつくしたころに、そろそろヒット商品がでなくなったと言われた時代に、インターネットとAIが普及しだした。

これが第三次・四次産業革命です。それを使って、いままで20世紀でさえ解決できなかった問題を果たしたのが、GAFAといわれる、先ほどお店した時価総額トップ20社に名を連ねている、インターネットのプラットフォーマーたちです。

ビジネスにおけるDXとは、企業の稼ぎ方を変えること

それに関連して、「デジタル・トランスファーメーション」とはなんでしょう。これはイノベーションをつくるための手段です。
古くはウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が、ITが浸透することによって、人々の生活を色々な面で良い方向にしていく・変化させていくんだということを、デジタル・トランスフォーメーションとおっしゃったのが最初だそうです。

今ビジネスの世界で私が思っているのは、このデジタルやAIを使って、企業の稼ぎ方を変えることだと。これがビジネスモデルの変革です。そこにはイノベーションも付随してくるものじゃないかと思うわけです。

混同してもらって困るのは、今言われているDXの中の日本の98%〜99%は、デジタライゼーションだと思っています。やろうと思えば実は15年・20年前にもできたんじゃないですかって。ただ、アナログをデジタル化しているだけ。そんなものはDXとは呼べません。
稼ぎ方を変えていますか?もっと稼げていますか?という観点が重要です。

Amazonはどのような顧客の問題を解決してきたか?

そのGAFAの代表的なAmazon。いろんな問題解決の実績があるからこそ、世界中でこれだけ伸びているわけです。
eコマースがもともと出てきた国はどこですかと言われたら、アメリカと中国、Amazonとアリババです。そして未だに世界のEコマースの売上の半分はこの2ヶ国です。なぜか。面積があまりにも大きくて、ちょっと郊外に行くとまともな店がなくて、みなさん、買えないんですよ。人口密度の高い、国土の狭い日本とかヨーロッパの先進国では、あんまりそういう問題がない。
だからこそAmazonがアメリカ、アリババが中国でできた。店がないのであれば、100%品揃えがある倉庫からもってきてもらったら、完璧じゃないですか。だからこそAmazonは本で、Appleは音楽・書籍で、先にEコマースをスタートしています。
なぜこの2つかというと、品揃えが多すぎるからです。毎週毎週何百・何千という新作がでてくるので、店は100%の品揃えができないのです。小売店は再販制度になっていて、1,000円で買った本もCDもその300円は返品代です。それを買った消費者が負担するというルールです。この問題を解決したものがEコマースです。おもしろいですね。すべては問題解決なのです。
どんなに大きな本屋やCDショップを作っても、世界のCD・本を、それも古いものを含めて全部の品揃えなんて、できっこないじゃないですか。そういうことなんです。Amazonに頼んだら、どんなに古くても、どんな国の本でも、物でも買えますよね。

日本やヨーロッパの先進国の人口密度の高い国でも同様の現象が起こります。例えば日本は高齢者です。高齢者の人ほど今はスマホが使えないという問題があるかもしれません。しかし、私も今62歳で、ばりばりEコマースを使っていますから。年寄りほど実はEコマース、ありがたいですね。店にわざわざいかなくてもいい。重いものを持ってかえらなくてもいい。だからこそ、ますます日本でもEコマースの比率があがってくるわけです。

顧客が諦めているような問題をどのように発見すれば良いのか?
顧客の問題解決のプロセス:New Reality Problem Solution (NRPS) method

このようにすべては問題解決です。このような、顧客が諦めているような問題をどのように発見すれば良いのか?私はNRPS法というものを開発したのですが、方程式ではないです。

そんなに優しいものではありません。だけれども、大事なのは新しい現実を見るということです。

新しい現実というのは、10年スパンで変わるような、これ以上変わらないような現実です。
皆さんが誰もが知っている、例えば地球温暖化などは、世界的に証明されました。プラスチックの海洋汚染・地球の砂漠化。
あるいは日本では超高齢化社会。新しい現実です。

こうした新しい現実をみて、ネスレ日本の私のチームは、どんな新しい問題を発見したのか。これをこれからお話します。

ひとつデモグラフィックな変化として、日本は人口が減っていて、高齢化。これはわかっています。ところが面白いことに核家族化によって、この40年くらいの間に世帯の数は倍増しています。3000万から6000万になりました。
なぜか。私の世代から、私は長男ですけれども、結婚してから親と同居しなくなりました。それによって、年寄りだけの核家族化が進み、結婚されてからお母さんと同居している、ご両親と同居しているという人は非常に少ないですよね。だから、テレビの番組で昔は当たり前のようにやっていた、嫁と姑のいさかいのドラマ、なくなりましたよね。

以前は、家族消費がすごくありました。家のなかに5人も6人もいて。親子3世代で昔は「8時だよ、全員集合」を家族全員で、三世代で見ながらネスカフェを飲んでいたという時代、一番ネスカフェが売れた時代、50年前くらいです。

今、家族4人で子供が2人いても、テレビを子供はみません。あるいはテレビは家に一台しかない家庭はほとんどありません。だから家族の団らんは、ほとんどありません。

コーヒーも実は一杯ずつしか飲まない。これがあたらしい現実・核家族からくる新しい問題です。何が問題か。一杯ずつ飲むと、レギュラーコーヒーも、昔のドリップ型コーヒーメーカーでは面倒くさいですよね。あれは家族でみんなで飲んでいたから、レギュラーコーヒーもドリップ式のメーカーなんです。
先ほど言ったように、長男が家督を次いで、家を継ぐから、だから親と同居する。そういうところでは、ドリップ型のコーヒーメーカーの方が便利なんですが、私がネスレに入った頃から海外ではコーヒーメーカーは全部ネスプレッソのようなものです。

昔はレギュラーコーヒーもインスタントコーヒーもみんなで飲んでいたから、だからいっぺんに作りやすい方がいい。ところが一杯だけ作るとなると、インスタントコーヒーもこれだけの水を、ただわざわざ沸かさない。
専業主婦が少なくなった、これも新しい現実です。朝食も家族バラバラになります。そうした時にインスタントコーヒーのネスカフェを入れるよりは、冷蔵庫のトマトジュースのほうがいいじゃないですか。
しかし古いマーケティングの教科書には、インスタントコーヒーは、インスタントコーヒーのカテゴリーで競争するとしか書いていないんです。どこにもトマトジュースとか、野菜ジュースと競争すると書いていないんです。顧客の問題を見に行くとそういうことがわかるんです。

結果、核家族によって、おいしいコーヒーを簡単で安価で飲むことができない。1杯ずつ飲むために、ボタンを押すだけでおいしく飲めるインスタントコーヒーとレギュラーコーヒーのマシンがいるということで、我々はバリスタやネスカフェ・ドルチェ・グストというマシンを作ったんです。それで非常に売れました。

もうひとつ言い忘れたのですが、ほぼほぼ専業主婦がいなくなったので、そもそも家に誰もいないんです。だから家庭内需要が減ったんです。ネスカフェのシェア自体は70%で、60年間、未だに下がっていないですが、売上は下がって当たり前なんですね。

NRPS法による顧客の気づかない問題発見・・・ ネスカフェ・アンバサダーの事例

一番困ったのは、いないところでいくら宣伝しても売上は上がらないので、家の外でコーヒー飲みたいのはいつだといったら、働いている時しかないじゃないですか。それでネスカフェ・アンバサダーというものを考えたわけです。

考えてみたらオフィスで、簡単で安くておいしいコーヒーを飲めませんよね。自動販売機もなかったら、わざわざ外へ出ていって買わないといけない。そんな面倒くさいことをしなくないから、あきらめていませんか?飲みたいけど、まあいいやと。
それが数歩の所にあったら…と考えました。

家庭にあるようなうちのマシーンがおいてある。それで30円くらいで飲める。これを考えたのがネスカフェ・アンバサダーです。アンバサダーを募って、しかも人件費を払わないで。ネットでつないで良心のある人に、我々の代理店のようになってサブスクで買ってもらって、マシンと貯金箱はこちらから送って、オフィスで用意して毎日集金してもらう。
こういうモデルを考えて、それがうまくいくかどうかということで北海道でテストしたら、思いのほかうまくいって誰もやめない。

辞めない理由は実は「毎朝、ありがとうと言われるのがうれしい」とか、オフィスの雰囲気がよくなったとか。そういう我々が見抜けなかったような、あきらめている問題も、実は解決することができたから、給料ももらっていないのに長いこと続けて、しかも口コミで増えていくんです。
ということでたった3年で55万人、売上が数百億、利益率は50%以上という、恐るべきビジネスモデルが完成するわけです。

これはある意味、これまでスーパーでBtoBで売っていたビジネスモデルをオフィスでBtoCで行うということでした。Cというのはある意味自分も飲みたいアンバサダーさんですね。その人が直接買って、皆さんに分け与えてくれる。そして集金までしてくれるというビジネスモデルです。
もちろん自分が買っているコストよりも実際の一杯30円の方が高く、その差額で1ヶ月にお昼が2回くらいがただで食べれるかなというくらいのお金はたまります。でもそれを目的にしている人は誰もいません。

マーケティングは全ての間接部門にとっても必須・・・ネスレ日本の働き方改革事例

マーケティングはこういった新しい商品に対するビジネスモデルではなくて、実はすべての間接部門にもマーケティングはありえるし、イノベーションもある。

その代表例が働き方改革を行った人事部です。

そもそもコロナが流行するずっと前から、Zoomはありました。私は経済同友会にいまして、今から10年くらい前、社長になってすぐくらいに、経済三団体でホワイトカラーのエグゼンプション(労働時間規制と割増料金の支払いの対象からはずす)を提言したことがあります。

もういいかげん、日本だけホワイトカラーが時間給で給料払っているのはおかしい。労働法改正しましょう、と提言しましたが、もちろん政府は動かず、さらに僕が一番ショックだったのは、提言した三団体の加盟企業、名だたる加盟企業、それこそ中小企業も誰もやらないです。
ああ、これだけ日本の会社ってリーダーシップがないんだなと思いました。こんなところに入っていてもしょうがないと思い、足を洗って、一度自分だけでやってみよう、と思いました。

ちなみに外資系だからできたわけではありません。ネスレ日本にも強い組合があります。管理職以外は全員組合に入らないといけないという、日本シップ制です。ネスレ日本は、日本の会社よりも日本的だと思います。
だからこそ、全員に投票させて「ホワイトカラーのエグゼンプションをそろそろやろう、残業代なしにしよう、そうしたら、組合活動も就業時間内にやれるよ。そうしたらもう、会費のお金を集めなくていいし、会合も会社の時間内でやればいい」と、加えて残業時間分で減る給料に対してのベースアップを行った上で、全員投票で納得して、みなしのテクニックを使いながら、100%全員にリモート権利を渡しました。

Zoomはスイスの本社が当時のセキュリティーの関係で、OKしなかったんです。ですのでスカイプでやりました。あとはテレビ会議。3分の1の人が会社に来ない。だったら、フリーアドレスにしてオフィス3分のⅠを返して、営業所も小さい支店は全部閉じて、必要な時は地元のホテルで会議室を借りて、それで十分です。オフィスのスペースだけで毎年1億5千万円から2億くらいの経費削減になりました。
同一労働・同一賃金もやりやすくなりましたし、ワークライフバランスも達成できました。

組織の中でいかにしてリーンスタートアップを可能にできるか?

ハーバード・ビジネスレビューに載っていた面白い文献があるのですが、500人位の世界のスタートアップの成功者と、大企業の役員クラスの500人の31項目の能力の差を調べて、何が違うか調べたんです。イノベーションできる人・できない人について、違いは3つだけです。
1つはオーナーシップです。考えは個人だと。その人の考えがないと、人のアイデアはできない、おしつけられてもできない。いいだしっぺのその人が、最後までやらないとだめなんです。でもその人だけで、一人では何もできないから、仲間を集めないといけない。そのために2つ目の”Strong Passion To persuade others”他人を説得する情熱がいる。俺についてきて、これを一緒にイノベーションをやってみないか、それでスタートアップを作るわけです。それは大企業の中でもやらないとだめです。
3つ目が”Ability to strive in the uncertaintyd”です。世の中不確実ですよね。イノベーションなんて初めてのことですから、その不確実な中で何度も何度もトライして自分の仮説を作って、その度に失敗して、検証して、また仮説作ってをやっているうちに何とか成功に結びつくような、そういう能力のことをいうんです。この三つが圧倒的にいわゆるイノベーターと言われる人、成功した企業家にはあるということです。

社内でイノベーションカルチャーを育てるためのイノベーションアワードを導入

私はそれを学んで、社長就任時に大きな会社の中でも、それができるようにということで、当時いた派遣社員・契約社員を含めて全員に、イノベーションアワードというものを導入しました。

これは今日話したNRPSの説明をして、あなたが今働いている顧客は誰ですか?その顧客が直面している新しい現実って何ですか?その新しい現実からくる新しい問題を考えて、そこからそのソリューションを作ってもらうものです。

加えて作っただけだとそれで終わりだから、小さいレベルで検証することまでやってくれと指示しました。それまで行っていた社内研修は全て止め、そのイノベーションアワードにあてました。
初めの年は3000人で79件、それからどんどん上がっていって、私が辞める2020年には、社員数が3000人から2500人に減って、契約社員と派遣社員をほぼゼロにした中で、5400件にまでなりました。
その中でグランプリをとったものは、必ず翌年に主要な戦略としていくことにしました。

それがゴールドメダルを取った人の一番のモチベーションだったんです。私の直轄の部下になりながら、そのプロジェクトを推し進めていく。1回テストは終わっています。だから、会社が大きな投資をしてもあまり失敗のリスクがない。

例えばキットカットのショコラトリーって皆様ご存じですか?あれも実はこのイノベーションアワードからでてきたんです。それが今や、世界戦略です。キットカットのプレミアム化の世界戦略です。ブラジルではこのショコラトリーとネスプレッソの店が一緒になっています。そんな一個人のアイデアが世界の戦略にまでなる。それを作ったのが、このイノベーションアワードです。

次の世界の人たちが、イノベーションを起こせるように

ネスレをそろそろ卒業して次のステップにという時に、このバブル後の失われた30年の責任が60代・70代・80代の日本の経営者には非常にあり、故にそれの恩返しのため、より多くの人にマンツーマンでこのノウハウを受け継いでもらいたい、一緒に作っていきたいと高岡イノベーション道場を開きました。
色々な業界の次の世界の人たちが、イノベーションを起こせるように、お役にたてるように尽力しようと思っています。

皆さん、イノベーション・DX、組織の中で色々あると思いますが、どんな顧客の問題があるのか、そしてそれを考えるために毎日・毎日、新しい現実からくる問題をどうか考えてみて下さい。