『不確実な時代を勝ち抜く経営戦略と組織変革』
早稲田大学大学院経営管理研究科
早稲田大学ビジネススクール 教授
入山 章栄 氏

私はClipLineさんのイベントには何度も登壇させていただいておりまして、ClipLineさんのビジネスには経営学者としてとても共感しており、日本を変える意味ですごく価値のあるベンチャーだと思っております。
今日も吉野家さんが登壇されていたり、あとオオゼキさんもすごく有名なクライアントさんだと思うのですが、私はとにかくClipLineのビジネスは可能性の塊だと思っています。

「第2次デジタル競争」では日本に勝機がある

現在は不確実性が高く、先が見えない非常に変化の激しい時代です。そんな中でも、日本企業にはチャンスがあると思っています。
なぜなら、第2次デジタル競争が始まるからです。

「第1次世界デジタル競争・デジタル大戦」では、率直に言うと日本は負けたわけです。
どこに惨敗したのかというと、GAFAに負けたわけです。
しかしどこで負けたかというと、たいしたことはなく、皆さんがお持ちのスマートフォンやパソコンというものが出てきて、その中がホワイトスペースだったんですね。
何もない、誰もとっていなかった陣地をGAFAが、プラットフォーマーとして抑えて、大きくなって、結果的にはホワイトスペースを取られてしまったわけですね。ただここはもう飽和状態なので、「第1回戦」は終了したんです。

では第2回戦は何の時代か。コロナがあったのでスタート時期は少しずれましたが、いよいよグローバルにデジタル競争第2回戦に突入します。
ずばりIoT、Internet of Thingsの時代です。つまり、モノにデジタルが付く時代なんです。ありとあらゆるものにこれからデジタルが付きます。例えば、私が着ているジャケット、机、スクリーン、鞄、ありとあらゆるモノにネットが付く時代がIoTの時代です。

スマホの数はほとんど人間の数と同じなので、だいたい80億個で限界なわけですが、モノは何十兆、何百兆とあるわけです。そうすると、モノが良くないと勝てない。
これは非常に重要なポイントです。ですからモノづくりが実はすごく大事になってくるわけです。

世界でまだモノづくりが強い国と言えば、中国が台頭しているとはいえ、やはり日本とドイツです。敢えて大胆に言うと、日本がIoT化の時代にうまくデジタル化を進められれば、日本の製造業が復権する可能性があるんです。これが、ドイツがインダストリー4.0で目指していることです。

日本でも既にデジタルを取り込んで、力をつけている会社さんがあります。有名なのはコマツさんです。スマートコンストラクションはモノづくりとデジタルの融合です。
同じように世界を獲りだしているのが、工作機械メーカーのDMG森精機さんです。森精機さんは完全にデジタルの会社です。製造業×デジタル。日本の良さをうまく生かしています。こういった企業が今後どんどん出てくると考えています。

日本の工場現場にうまくデジタルが入って、それこそClipLineのようなサービスがうまく現場に入っていくことで、現場のデジタル化が増し、開発力が上がって、製造業が復権する可能性がある。
ClipLineのようなサービスを使ってくれると、コマツや森精機のような会社がもっと出てくると期待しています。

IoH「Internet of Human」と「現場力」に日本復権の可能性がある

IoTに加えてもう1つ、私の造語ですが、IoH(Internet of Human)という概念があります。
モノにデジタルが付くように、我々Human Beingsにもっとデジタルが付いていく時代になるわけです。今、Apple watchをつけていますけれど、こういったセンサーのようなもので我々をセンシングできるようになっていますし、現場のいろいろな方々が気軽にデジタルサービスに触れて、そこで人間の行動の情報がとれるようになってくるわけです。

逆に言うと、その部分はデジタルでコモディティ化してしまいます。
コモディティ化するので、これからの時代、特にサービス業では、一番最後に勝負を決めるのは言うまでもなく人と人のふれあい、おもてなしになります。
このお店にまた来たいなとか、この人とまた仕事したいなとか思うのは、最後は人間なんですよね。なので実は、我々が無駄に使っていた時間をデジタルでうまく繋いで、負担を軽くしてあげれば、人間でないとできないおもてなしの価値が相対的に高まるんです。
モノづくりも一緒です。デジタルで繋がるほどモノづくりの価値があがるのと同じように、サービス業も同じで現場の人間の価値が上がるんですよ。
日本のサービス業というのは、日本は世界屈指のおもてなし大国ですよね。日本のサービスはものすごくクオリティが高い。ここに復権する可能性があるんです。

ですから、これからの時代というのは、まさに日本の企業が今まで過去に得意としてきた現場力が復活する時代なんです。ただ、その大きな条件は、デジタル化が徹底的に進めばということなんです。モノづくりの会社でも、モノづくりだけではもう価値が出せないんです。
質がいいモノをつくるのは必要条件で、十分条件のところでデジタルを上手く使って全体的なサービスを提供する、これが日本の会社の勝ち筋です。

ですので、私はホテルなどの宿泊業にもすごく期待しています。日本の宿泊業はものすごくクオリティが高いものが多いですから。ただ、デジタル化が全然進んでいません。
そう考えるとClipLineさんの価値がわかると思うんですね。ClipLineさんの価値は、私から見ると、日本にイノベーションを起こすために不可欠なんです。繰り返しになりますが、日本というのは現場が強い。勤勉でクリエイティブな人が多く現場で頑張られていて、そういった方々が今まで、どうしても、今となってはデジタルで代替できるようなことをアナログでやっていたわけです。

なので、おもてなしとか、モノづくりの創意工夫の方に時間を割けなかったんですが、現場をうまくデジタル化してあげれば、日本企業の現場力が復権します。その意味で私はClipLineさんをすごく応援しているんです。

デジタルをうまく入れるからこそ現場の力が生きるのであって、皆さんの会社さんも悩まれていると思うのですが、若い方は順応しやすくても、年配の方がどうしても難しい。
しかし、今まではデジタルが不得意でも、現場の経験がものすごくある方が一度デジタルを理解すると非常に強いです。なので、現場の全員の方がデジタルに触れられる状態にしていただくことが一番大事なことです。
ClipLineのインターフェースも非常に良いですが、現場の全員がデジタルに触れて使える状態、そのハードルは今劇的に下がっています。

アフターコロナの事業環境の変化と「デジタル破壊」

アフターコロナの時代、我々はどうなるかというと、本質は変わらないわけですね。つまり、圧倒的に不確実性が高いわけです。
今日こちらにいらっしゃる経営者の方にはご共感頂けると思うのですが、外部環境の変化は変数が多すぎなんです。コロナがあって、ウクライナが今あのような感じで、中国もどうなるんだろう、台湾情勢が緊迫していると。資源高、円安、気候変動、海外投資家がESGやSDGsと言ってくるわけです。
加えて、人材不足の問題があります。この問題が今すごく大きくなっていて、実際今、大手企業から順番に若者が辞めています。超大手企業の20代が今辞めて、外資系コンサルファームへの流入が目立っています。
背景には「デジタルバブル」があります。いろいろな企業がデジタルで悩んでいるので、有名なコンサルティングファームの需要が広がっています。

これから特に若手の有力人材の転職がかなり増えると思います。実は、去年初めてほぼ日本のベンチャー企業の30代の給料と大手企業の30代の給料が並んだんです。今年抜くかもしれない。
ですから、大手企業の方で20代の若手が辞めだしていたらまずいと思った方がいいです。中堅の会社さんは大変申し訳ない言い方ですけれど、人材確保がより大変になります。だからこそ、なるべく現場をデジタル化して仕事の負担を減らして、一人当たりの生産性を上げていくということが大事になっていくわけです。

加えて、「デジタル破壊」というキーワードがあります。AI、クラウド、IoTなどはさっきお話しましたが、今はやりのWeb3.0やNFT、このあとには量子コンピューティングなど、いろいろな技術がもっともっと入ってくるはずで、本当に先が見えないわけです。あっという間に変化してしまうわけです。こういう変化は今に始まったかというと意外とそうでもなく、昔からあるんです。

1900年ちょうどのニューヨークのマンハッタン5番街の写真では、走っているのは全部馬車です。それが13年後、1913年の写真では自動車ばかりになっています。
実は自動車は1900年より前からあったんですが、1906年から1907年にかけて、ヘンリーフォードが大量生産方式を思いついて実装し、全米中に鉄の自動車が安く歩留まり高く安定して普及するという仕組みができたわけです。こうなるまでに実は6年しかかかっていないんです。変化ってこういうものなんですよね。
100年前からこうしたことはあったのですが、現代はこの変化のペースがものすごい勢いになっているわけです。

「イノベーション」を起こす重要性と障壁の乗り越え方

不確実性の高い時代に、戦略として何をすべきかというのが本日のお題ですが、戦略はイノベーションしかないんです。これだけ変化が激しいわけですから、少しでもいいから、会社組織がどんどん変化して世の中に新しい価値を出していく。
今日私が申し上げたいイノベーションというのは、技術的なイノベーションではなくて、会社が少しでもいいから変化して新しい価値を出していくということです。それをやらないと生き残れない時代なわけです。
私がいろいろメディアから取材をいただくときに、「これからの戦略は何ですか?」と聞かれたら、「戦略はありません」と言っています。戦略を立てて計画している間に、状況が変わってしまいます。とにかくどんどん変化して能動的に新しい価値を生み出していくしかないわけですね。なので、今こそ「イノベーションの時代である」と言えます。

ではなぜ、今まで変化しなかったのか?そこには経営学的に明確な理由があります。
1つが「経路依存性」です。会社というのは複雑ですよね。いろんな要素があって、それがかみ合っているわけです。うまくかみ合っているから会社は回るわけですが、逆に言うと、かみ合っているからこそ、1個だけが時代に合わないから変えようと思っても、変えられないんです。これが経路依存性と呼ばれるものです。

その一番わかりやすい例がダイバーシティです。日本企業はダイバーシティが重要だと言われているのに進んでいません。
なぜなら、ダイバーシティだけやろうと思っても無理で、他のものがダイバーシティと真逆のところでかみあっているからです。

例えば本当にダイバーシティを高めたいなら、そもそも、新卒一括採用、終身雇用、メンバーシップ型採用は見直さないといけないですが、日本の会社はなぜか新卒一括採用、終身雇用を頑なに守ったまま「ダイバーシティ!」と言っている会社があるわけです。
同じように、評価制度もばらばらにしないといけないですし、働き方も多様である必要があるわけで、ダイバーシティに働き方改革は不可欠です。
そのためには当然DXが必要ですが、ここについても経路依存性がものすごく重要になります。

DXを成功させるための「在り方」とは

そうした意味で、私が今一番危惧しているのがDXなんです。デジタルだけやろうとする会社は絶対にうまくいきません。
おそらく吉野家さんやオオゼキさんなどClipLineをうまく活用している企業さんは、ClipLineをきっかけにして会社の全体のさまざまなことを上手く変えられているんだと思います。ここは経路依存性がものすごく重要で、これが平成の30年間、日本の会社が変わらなかった理由です。
なのでもしClipLineを導入されたら、それをきっかけにしてどうやって会社全体を変えていこう、という考え方をしていただきたいです。

そのときにお勧めしているやり方は、役員の兼任です。日本は役員が多すぎる傾向にあります。そうすると経営会議のコンフリクトする場でにらみ合いになって終わ流ことが多くなります。役員の数は最終権限を持っている方は少ない方がよく、なるべく複数のものを兼任された方がいいんです。
デジタルはその筆頭で、本当にデジタル改革をしたいのであれば、CDOやCIOは人事のトップと一緒にした方が良いと私は考えています。デジタルを入れると最初にぶつかるのは人事だからです。実際、私の周りでデジタル変革が上手くできている会社は、だいたいデジタルのトップの方が人事権を持っています。
そうした形でぜひうまく、会社全体をトランスフォームしていただきたい。どんどん変化に対して、加速していただきたいです。

イノベーションのない会社は生き残れないーアイディアを生み出すには

そのために、イノベーションはどうしたらよいのか。今日はかいつまんでお話しますが、まずイノベーションがない会社は生き残れないわけです。
イノベーションの原点は新しいアイデアを生み出すことで、新しいアイデアを生み出すためには、新しい知を生み出す必要があるわけですが、今この世に既にある既存の知と別の既存の知の新しい組み合わせなんです。
人間というのはゼロから何も生み出せません。皆さんも何か新しいことを思いつくということがあると思うんですが、絶対に頭の隅のどこかで、この世にあって、まだ組み合わさっていなかった何かと何かを組み合わせているんです。
これは経営学者が急に言い出したことではなくて、シュンペーターが90年以上前から、New combination(新結合)という言葉で提唱していることなんですね。

ところが人間は認知、脳みそに限界があります。どうしても認知に限界があるので、今自分が認知できる目の前にあるものだけを見て組み合わせる傾向がある。
日本で今イノベーションに悩んでいる会社は長い歴史を持っている場合が多いです。同じ業界・場所にずっといらっしゃって、新卒一括採用、終身雇用なので、だいたい同じような人に囲まれているわけです。もう何十年も目の前の知と知の組み合わせはさんざんやっていて、やりつくしているので絶対にそういうところからイノベーションは生まれないんです。

それを脱却するためには、目の前でなく、なるべく自分から離れたもの、遠くの知を幅広くいっぱい見て、それをどんどん持って帰ってきて、今持っている知と新しく組み合わせるということが何より重要で、これを世界の経営学ではExploration、私はこれを「知の探索」と呼んでいます。
そしていっぱい組み合わせて、ここは儲かりそうだと思ったら、そこは徹底的に深掘りして磨きこんで収益化、効率化する。これをExploitationといい、私は「知の深化」といっています。

この探索と深化の両方がバランスよく高いレベルでできる企業組織・経営者がイノベーションを起こせる確率が高いというのは、世界の経営学では確率された学者のコンセンサスになっています。
これを世界の経営学ではAmbidexterityといっていまして、10年前に初めて私が日本語で本を出した時に、「両利きの経営」という訳をつけまして、今では経産省とか内閣府でも使われるキーワードになっています。

イノベーションの最重要理論:両利きの経営

とにかく両利きの経営は不可欠なものです。探索というのは私のような学者が言うのは簡単ですが、遠くのものを幅広く見てこいというのは、時間も人もお金もかかります。しかも知と知の新しい組み合わせは失敗も多い。会社というのは効率を重んじますので、結果的に深化の方に偏るわけです。世界的にもそういう傾向があります。
短期的には、目の前にある儲かりそうなところを深掘っているので少しは儲かるんですが、長い目で見た時のこれからの時代に必要な探索をなおざりにするので、結局、中長期的なイノベーションが枯渇するわけです。会社が知の深化に偏りがちな本質をCompetency Trapといいまして、競争力の罠という意味ですが、何とか横に寝ている線を縦に起こしてやる、探索を促すことがものすごく重要なわけです。
そのためにも経路依存性をうまくとっぱらって、探索を促せる体質の組織にしていただきたいのです。

深化もとても大事です。ただ深化するだけだと生き残れません。深化と探索という矛盾することを同時にやる。ROEが20%近くと高くて、時価総額の高いグローバル企業のような会社では、「両利き」ができているんですよ。日本の伝統的な企業はそこがなかなかできていないので、この差が生まれているんですね。

両利きの経営を実践する上で2,3点のポイントをお話したいと思います。まず、探索を促すにはどうすればよいか。
ゴーゴーカレーという日本2位のカレーチェーンの創業社長の宮森宏和さんというは大変なイノベーターでして、あっという間に一代で日本2位のカレーチェーンを作りました。宮森さんの言葉ですごく好きな言葉があって、「発想力は、移動距離に比例する」。
どういうことかというと、知の探索というのは、自分の認知の外に出るということじゃないです。一番手っ取り早い知の探索は、自分を遠くに移動させることなんです。私の周りで優れた経営者やイノベーターの共通項は、皆さん非常に移動しています。ですからぜひ皆様の会社も、従業員の皆さんに遠くに行く機会を与えてほしいと考えています。
そのために何が必要かというと、時間が必要です。だからClipLineなどを使って、現場を楽にしてあげて、その分、今までと違う遠くのものを見たり、見たことない現場を見たり、あったことない人に会ったりという機会を作っていくというのがものすごく重要になってくるわけですね。

もう一つ言うと、イノベーションの本質は知の探索です。遠くにいって遠くのものをもってきて、今自分の持っているものと組み合わせるということじゃないですか。なので、言葉を選ばずに大胆に言いますと、イノベーションの本質は、遠くのもの同士を組み合わせることなので、簡単にいうとパクリなんです。これはすごく重要なポイントです。
もちろん、知財や商標は守らないといけませんが、イノベーションの本質はパクリです。パクリという言葉が嫌ならインスパイアされたと言えばいいんです。

失敗を受け止める組織とダイバーシティが不可欠

また、スティーブ・ジョブスを例にあげると、今となっては大天才と言われていますが、彼はほとんど失敗しかしていません。アマゾン創業者のジェフベゾスはやめる前1年間に70の新規事業をしていますが、1年半でほぼ全部撤退です。つまり彼もほとんど失敗しかしていない。
つまり、知の探索には失敗がつきものなんです。ですから、いかに失敗を受け止められるかということがものすごく重要なんですね。これが結構日本の会社さんが苦手なところです。誰もが失敗したくてやるわけじゃない。どこかで失敗がつきものなので、それをどうやって受け止めていく組織になるかというところを考えてみてください。

そしてポイントの1つに仕組み化があります。重要なのが評価制度です。今の日本の人事評価は、失敗と成功で紋切り型で評価しています。そのように評価されるとわかったら、評価される方は絶対失敗が怖くなってしまう。ですので評価制度を見直すのはすごく大事です。OKRとか、NO Ratingとか検索してもらえばいろいろ手法が出てきますので興味がある方は調べてみてください。

知の探索というのは離れた知と知の組み合わせなのだから、知は誰が持っているかといったら、我々人間が持っているわけです。ということは多様な人材がいる方がイノベーションを起こせる。ですからダイバーシティ経営というのはものすごく重要なわけです。
しかしダイバーシティはイノベーションを起こすために不可欠だという理解がないので、例えば女性の管理職比率を30%にするというような謎の数値目標から入っていることがあります。「なぜやるか」が大事なんですね。

小さな変化を習慣化する

もう1つ重要なことは「小さな変化を繰り返すこと」です。
伊佐山元さんという、WiLという日本屈指のベンチャーキャピタルファンドのトップの方がいます。DCMというシリコンバレー屈指のベンチャーキャピタルのトップ、パートナーまでいった数少ない日本人の一人で、今は日本でWiLというファンドを作って、イノベーションを起こすためにアクションしているイノベーターです。
彼を早稲田大学のビジネススクールの私の授業にゲスト講師で呼んだ際、社会人学生が「どうやったら伊佐山さんみたいになれるんですか」と手を挙げて質問したところ、彼は「今晩、降りる駅を一つ変えなよ」と答えました。

人って変化が怖いんですよ。人間の本質として怖いんです。特に今まで日本の多くの会社はきちんと変化をしないことで歩留まりを上げているような現場が多かったので、そうするとそういった方々が、管理職の方も現場もそうですが、変わろうと言っても簡単には変わらないんですよ。
なので、いきなり投資だ!なるのではなく、小さな変化を毎日少しでも習慣化させるということが重要で、降りる駅を一つ変えるだけでいいんです。それをすると、こういう道でも帰れるんだなとか、こんなところにこんなお店があるんだなという小さな変化を楽しんで習慣化できるんです。それを毎日繰り返していくんです。繰り返していくと体が慣れてくるので、だんだん大きい変化でも受け止められるようになるんですね。
日本の会社は突如1000億円の投資などをしたりするんですが、大事なのは、変化を常態化させる企業文化をつくることです。まずデジタルを入れて、それをきっかけにして、小さな変化を習慣化させることが極めて重要です。経路依存性があるままだからみんな抵抗するんです。

この変化の常態化をいちばん日本で上手くやっている会社の一つが、間違いなくサイバーエージェントさんです。とにかくサイバーエージェントというのは、社員が変化に慣れているんです。だから「ウマ娘」みたいなものが出てくるんです。
「企業文化を戦略的に創る」ということが日本の会社は一番弱いと感じています。日本の経営陣の皆様とお話していると、「入山先生の話はわかるけれど、うちの会社の文化になかなかあわないんだよね」ということを言われがちですが、「そうじゃなくて、文化というのは戦略的に創るんです。」とお返ししています。この辺が日本の会社の課題かなと思っています。

企業文化を戦略的につくる

文化はものすごく大事です。ところが日本の会社は文化を意図的に創らないんです。多分世界で一番企業文化を大事にしているのが、GoogleとAmazonです。文化づくりに命をかけています。企業文化は何かというと、は行動です。ですから一番大事なのは行動規範です。ところが日本の会社は行動規範がありますが、実用性が乏しく、下手すると社長も守っていない。

企業文化は戦略なので、いかに行動を徹底化させるかがものすごく重要で、本当にイノベーションを起こしたいなら、イノベーションに資する企業文化を戦略的につくる必要があるわけです。失敗しても次のチャレンジをあげるとか、そういう企業文化を決めて、決めたら徹底的にやり抜いて会社に浸透させる必要があるわけです。
誰からやるかというと、社長と経営陣からやるんです。なんでかというと、みんな上を見ているからです。経営陣がやったら部長がやります。部長がやったら課長がやって、課長がやったら現場がやります。なので、そうやって戦略的に企業文化をつくることが重要です。

大事なのは正確性(Accuracy)ではなく納得性(Plausibility)

さらにもう一つすごく重要な点をお話したいと思います。
知の探索というのはどうしても心が折れて、深化に偏るんですが、その時、企業文化も大事なのですが、もう一つ重要なのが、センスメイキング理論と呼ばれるものです。
非常に不確実性が高く、不透明性の高い世界がずっと続く時代に、センスメイキング理論によると、いちばんやってはいけないことがあります。正確な分析に基づいた将来予測です。もちろん分析が悪いとは言いません。でも予測してもどうせ外れるんです。となると前提条件が崩れるんです。

日本の会社は正確な分析に基づいた将来予測が大好きですが、外れるのでそれだけに頼っていてはだめで、大事なのは正確性(Accuracy)ではなく納得性(Plausibility)なんです。もっと平たく言うと「腹落ち」で、センスメイクには人を腹落ちさせるという意味があるんです。それがあると、知の探索が続くんです。
10年後、20年後、30年後の社会は誰もわからないが、なんとなくこういう世界になるんじゃないかという予想がある。それに対して、うちの会社はこういう思いで、こういう従業員がいるから、ざっくりとこういう方向感で社会に価値を出して、お金を儲けて、社会に貢献して、前に進んでいこう。納得するでしょ、ワクワクするでしょ、腹落ちするでしょ、と言って、皆様の部下、同僚、従業員、お客様、銀行さんに納得して一緒に腹落ちしてもらって一緒に前に進む。それができると知の探索が進むわけです。
知の探索は失敗も多いですが、それを続けるには、会社の大きな方向感、最近の言葉でいうとビジョンやパーパス。それに納得していることが重要です。

ところが、今日本の多くの会社ではビジョンがない。あっても社員が知らなかったり、知っていても全然腹落ちしていなかったり。そうすると、少し失敗すると、それで終わりになってしまうんです。企業文化に加えて、会社の長期的なビジョン、パーパスが重要なわけです。これを世界でいちばん気合を入れてやっているのが、デュポン、シーメンス、ネスレなどのグローバル企業です。日本の会社がいちばんやらないんです。
GAFAも死ぬほどビジョンと企業文化を大事にしてます。その差が今如実に出ているんです。

Long-Term orientation(長期志向)の欠如が日本企業の成長を止めている

ではなぜ日本の会社でそれができないかというと、私はLong-Term orientation(長期志向)の欠如だと思っています。なぜ長期志向をとれないかというと、社長の任期が短いからです。自分の任期が2年2期とか3年2期とか決まっていたら、絶対長期志向はとれないですよ。自分の任期のことしか考えないので。変化って4年じゃ変わらないんです。10年、下手したら20年くらいかかるんです。
ということはやはり社長さんが長期で経営できることが大事なんです。それに対して長期だと独裁になるという懸念が生まれますが、そのためにコーポレートガバナンスがあるのです。

大手企業の改革の1丁目1番地は、コーポレートガバナンスだと思っています。ほとんどの会社が社長の任期2期とかでイノベーションを起こそうとしているから無理なんですね。
なんで独裁の心配があるかというと、コーポレートガバナンスが効いていないからです。コーポ―レートガバナンスが効いている状態というのは、きちんと社外取締役が独裁になりそうな社長をクビにできる状態です。私もいくつか社外取締役をやっていますが、いざとなったらクビにできるくらいの覚悟でやっています。
長期で、この人は知の探索をしてイノベーションを起こせそうだなと思ったら、10年でも20年でも応援すればいいんです。

逆にガバナンスは課題があるんですが、私が期待しているのは、中堅のいわゆる同族企業、ファミリー企業です。実は日本の上場企業のデータを見ると、利益率も成長率も同族企業の方が高いんです。東証一部上場1800社のデータを過去40年見るとそうなんです。同族は長期経営だからです。もちろんガバナンスのリスクは生じてきますが。

デジタル化を進めることで、人間にしかできない探索を追求する

お話しした通り、探索が重要で、探索は人間にしかできません。それに対して、深化はまさにデジタルがいちばん得意なことなんです。我々は今まで知の深化に時間を取られ過ぎだったんです。
ClipLineさんのサービスを含め、デジタル化をどんどん進めていただくことで、現場業務を楽にしてあげて、遠くに行くとか、チャレンジするとか、腹落ちするとか、人間でないとできない方に、皆様の貴重な会社の戦力や従業員のリソースを探索側に振っていただきたいです。

日本の会社が変わろうとすると、これが見取り図で、まず一番の根本にあるのが、「長期パーパス・ビジョン」ですね。一方でそのインフラとして、「変化をルーティン化する組織文化」がものすごく重要になります。
今日はお話できませんでしたが、そのための人材育成が必要です。そのためには、「長期的にイノベーションを起こすためのガバナンス」が必要で、そして「インフラとしてのデジタル(DX)」があるわけです。
この3つのインフラがあると、ビジョンに向かって、知の探索が続けられて、やがて経路依存性から脱却できる、全体を変えられるようになってくるわけです。
これが1個の理想形なのですが、グローバル企業は普通にこうなっていますので、ぜひ同様にしていただきたいなと考えています。

これからの時代、日本企業は現場が強いのでチャンスがあります。ぜひそこをうまくデジタル化して、会社全体を全部イノベーティブな体質にしていただいて、ぜひ皆様の会社がこれからのチャンスの時代に飛躍していただくことを祈念しております。
ご清聴ありがとうございました。