サービス業における
ナレッジマネジメントのポイントとは?
事業成長を支える仕組み作りと意識改革
<企業リーダーセッション②>
業界構造の変容とともに実行したマネジメント改革
「心を動かすサービス」実現のための組織と仕組みの作り方
株式会社きずなホールディングス 取締役兼CSO
株式会社家族葬のファミーユ 代表取締役社長
岡崎 仁美 氏
顧客ニーズの複雑化や人手不足への対応、DXの推進——昨今は企業を取り巻く競争環境の変化が激しく、経営者やリーダー層にとって、いかにそうした変化の波に乗り、組織を変革できるかが大きなテーマとなっている。中でも多拠点を展開するサービス業では、変化に対応する戦略を策定するだけでなく、いかに点在する拠点でムダ・ムラなく実行できるかがカギを握る。
本セッションでは、コロナ禍で大きな業界構造の変化があった葬儀業界で成長を続ける、きずなホールディングスの岡崎 仁美氏が変化に対応できる強固な組織づくりや、経営者・リーダーに必要なマインドセットをテーマに語った。
きずなホールディングスは葬儀施行業を営む事業会社3社を傘下に持つ葬祭企業グループで、2000年に創業した株式会社エポック・ジャパンが前身の企業だ。岡崎氏は、創業の経緯を次のように話す。
「当時一般的だったお葬儀は、故人のご家族が大勢の弔問者の対応に追われてしまい、大切な人を余裕をもって見送ることができずに後悔が残ることも少なくありませんでした。そうした実情に葬祭業を家業に持つ創業者が着目し、新しい葬儀の選択肢を広めようと起業したのが、エポック・ジャパンです」
その後、2001年に日本初の家族葬ブランド「家族葬のファミーユ」を立ち上げ、「1日1組貸し切りホール」「オーダーメイド型葬儀」といった、従来の業界になかったシステムを基に、現在は国内11道府県で150店舗(2024年5月末時点)を直営展開している。
同社の主要事業である家族葬は、少子化や長命化により少しずつニーズが増えていたが、コロナ禍をきっかけに大きく社会に広がった。従来の葬儀と比較し、より少人数でプライベートに行うことから、感染リスクも少ないと捉えられたのも一つの要因であろう。その後も出店を加速し、同社の2024年度5月期決算は、売り上げが前年比で115%、営業利益も107%と成長を続けている。
きずなホールディングスが近年成長を続けている立役者といえるのが、岡崎氏だ。岡崎氏はもともとリクルートでキャリアをスタートし、25年にわたって人材業界に従事してきた。そこから、葬儀業界へと転身した理由は何だったのか。
「私が長らく従事してきた人材業界、中でも就職活動関連は『情報の非対称性』による問題が指摘されていた領域でした。学生が資料を読んだり説明会に参加したりしても、なかなか企業の実情がうまく掴めず、それでもある限られた期間や情報の中で就職先選びという人生の大きな決断をせねばならない。不十分な就職活動によるミスマッチ、それに起因した早期離職が大きくクローズアップされた時期もありました。
しかし、インターネットの普及やプラットフォームの成熟、インターンシップの浸透、また何より構造的な人手不足により企業側の情報発信が格段に活発になり、大きく潮目が変わりました。目の前にそびえる大きな山が動いた、では次はどんな山に立ち向かおうかと考える中で、葬儀業界に着目したのです。」
岡崎氏によると、過去の人材業界と同じく、葬儀業界も情報の非対称性が強い領域だという。例えば、葬儀はあらかじめ日付を決めて準備ができるたぐいのイベントではなく、突然その必要に迫られるのが一般的かつ、事前に備えることが忌避される傾向もあり、情報不足かつ非常に限られた時間の中で様々なことを決めることになる。
あらゆる方面の先行事例がインターネット上で容易に得られる時代にあって、そうした情報も相対的に乏しく、数少ない自身の過去の参列経験に頼らざるを得ないのだ。一方、従業員教育の観点においても、顧客が家族を亡くしたばかりの人であることから、新入社員が研修として営業同行する機会も限られており、ナレッジ共有が難しい面があった。この点は「型化」やナレッジの横展開で急成長を遂げたリクルートとは対照的だ。
もともときずなホールディングスは、上述したような葬儀業界の非対称性を解消するためのサービスを展開してきた企業といえる。例えば、葬儀のセットプランなどはその代表例だ。
「葬儀は、大切なご家族が亡くなって気が動転している中で打ち合わせすることも多く、葬儀が終わって初めて『こんなに高いのか』とあらためて気付いたというエピソードもよく聞かれます。これでは安心して大切な方を見送ることもできません。そうした情報の非対称性に起因する後悔を解消すべく、我々はより透明性が高くわかりやすい「セットプラン」の提供に努めてきました」
社内には、このような同社の取り組みに共感して転職してきた人も多いという。一方で、先述した業界ならではの人材教育の難しさもあり、創業から20年ほどが経過する中で、業務プロセスやナレッジマネジメントを刷新する必要性を痛感していた。
外部環境の変化も、同社を襲った。コロナ禍より前は、葬儀の中でも家族葬はどちらかというと傍流であり、専業プレイヤーは極めて限定的だった。しかし、コロナ禍で家族葬へのシフトが進み、既存の一般葬を中心とする同業者がこぞって家族葬も扱い始めたのはもちろん、許認可事業ではなく参入障壁も低いため異業種からの参入も加速。いわゆる市場のレッドオーシャン化が進んだ。2015年ごろは全体のうち、一般葬が約半数を占め、家族葬は3割ほどだったが、2024年は両者の割合が逆転している。
「それまでは家族葬をメインに行う事業者が少なかったため『家族葬といえばファミーユ』といった形のプロモーションに注力していれば一定の支持を得られていました。しかし、コロナ禍以降は家族葬プレイヤーが一気に増え、生活者の選択肢が増えた。パイオニアの当社も胡坐をかいてはいられません。“ならではの強み”をより一層明確に打ち出す必要性に迫られたのです」
きずなホールディングスではコロナ禍以前からNPS®をKPIの1つに位置付け、サービス品質の向上に努めていたが、競争が激化し始めた2021年から売上や利益よりも優先度の高い「グループ最重要指標」に置き直し、お客様の声を活かした改善活動や価値の言語化、再構築に注力した。
その中でも象徴的な取り組みと言えるのが、オーダーメイド型葬儀の強化だ。もともと「お葬式を家族葬のものに。」をコンセプトにブランド構築していたが、より一層家族ごと、個人ごとのニーズに寄り添おうと2016年にオーダーメイド型葬儀の開発に着手。年々提供を広げていたが、特にこのオーダメイド型葬儀のNPS®はそれ以外よりも顕著に高いことに着目し、NPS®をグループ最重要指標と定めると同時に、中核サービスと定めた。
もちろん、戦略を定めるだけでなく、現場での実行を伴わなければ改革は成し遂げられない。その観点からナレッジマネジメントにメスを入れていった。コロナ禍で他のサービス業からの転職者が増えたことも一因だったという。
「外食やホテル、介護などの業界から転じてきた人にとって「百の家族があれば100通り」のオーダーメイド型葬儀を習得するのは容易ではありませんでした。無形性・同時性・変動性・消滅性という4つの特徴を持つサービス業においては「先輩に付いてサービス提供の実践を体感する」ことが最大の学習機会となりますが、葬儀というサービスの性質上、1つの現場に研修生が数多く参加するわけにもいかず、いわゆる同行以外のナレッジ共有施策があれば大きなブレイクスルーになる、それは間違いなく他社に対する差別化になると考えました」
そこで岡崎氏が注目したのが、リクルート時代から関心を寄せてきた「SECIモデル」だ。SECIモデルとは、暗黙知の形式知化・共通知化を行い、各自への浸透を通して組織の底上げを行っていくナレッジマネジメントのモデルだ。
葬儀業は他のサービス業同様に、とにかく現場が命。また依頼発生ベースでの活動が中心のため、業務時間を完全にコントロールすることも難しい。何か学習システムを導入するなら葬祭業の勤務形態にフィットした方法論を選択し、グループ全体でしっかり習慣づけできるよう導きたい。そこで目を付けたのが、動画コンテンツによるナレッジマネジメントの強化ができる、ClipLineが提供しているサービス「ABILI Clip」だ。
ABILI Clipは、「デジタルSECIモデル」をサービスコンセプトとし、現場ノウハウや社内のナレッジを動画で共有したり、現場から動画を投稿してもらい、それを本部がチェックすることで双方向的な学びとしたりと、暗黙知の形式知化やナレッジマネジメントの実現にはうってつけのツール。多店舗・多拠点ビジネスの構造的な課題を解消するツールとして、サービス業を中心に導入が進み、現在50万人以上が活用している。
「葬儀業界は基本的に『受け身ビジネス』です。事業者側で需要をコントロールすることがかなわず、大切な方が亡くなって初めて商談をスタートするモデルであり、学習機会を用意していても、突発的な打ち合わせなどが入ってスケジュールが変わってしまう。その一方で細かな待機時間も頻繁にある。そこで、そうしたちょっとしたすき間時間でも気軽に視聴できる短尺動画学習システムに興味を持ったのです」
ABILI Clipの導入に当たり、きずなホールディングスでは専門の推進チームを組成し、年間スケジュールを定めてコンスタントに動画を作成。単に視聴するものだけでなく、実践型の動画も交えながら毎週配信し、現場の視聴状況もフォローしている。
具体的には、最重要指標として定めている「NPS®」に関するコンテンツや、現場で求められる所作の手本などを動画として配信した。中でも効果を発揮しているのが、ミスの共有だという。
「葬儀はやり直しのきかないイベント。当社には『100-1=0』という言葉もあるくらいです。それでも、万が一ミスが起きたときは隠さず、共有して再発を防ぐことが肝要であり、その点でもABILI Clipによる効果が生まれています。再発防止のためにしっかり共有する文化が根付きました」
ABILI Clipの導入後、売り上げや利益よりも重視する指標として定めていたNPS®は大幅に上昇。店舗数が拡大する中でNPS®も成長できている背景には、拠点ごとのバラつきをなくし、どこでも均一化した高品質なサービスを提供できている点があることは間違いない。
セッションの結びとして、岡崎氏は今後に向けた意気込みを次のように語った。
「NPS®について目標として定めていたレベルを達成し、社内ではさらなる事業成長に向けた大きな自信と誇りになっています。今後も、個々人がプロフェッショナルとしてサービス品質の向上に取り組み、さらに成長していくために取り組みを続けていきたいと考えています」
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