日本企業にチャンス到来?
早稲田大学・入山教授が語るデジタル時代のゆくえ
<特別対談>
これからの企業成長に”サービス”が果たす価値と、
リーダーに求められる意思決定
早稲田大学ビジネススクール教授
入山 章栄氏
ClipLine株式会社 代表取締役社長
高橋 勇人
ClipLine 株式会社が開催した「人口減少時代、今こそ問い直す“サービス”とテクノロジーのあり方〜多店舗サービス業の未来と競争戦略」では、人手不足時代に必要な意思決定や多様な人材が活躍する組織の作り方、ならびにDXの進め方などをテーマに、主にサービス業の世界で活躍する経営者やリーダーが講演を行った。
本記事では、その中から同社の社長である高橋勇人と、早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏によるセッション「これからの企業成長に“サービス”が果たす価値と、リーダーに求められる意思決定」のレポートをお届けする。
人手不足やデジタル化への対応など課題が山積する日本企業だが、入山氏は「むしろ今こそチャンスだ」と述べる。その真意とは。
入山氏は、日本企業が改革する上での大きな課題として「経路依存性」を挙げる。経路依存性とは経済学や社会科学の用語で、過去に決定したことや仕組みや出来事に縛られてしまうことを指す。企業でいえば、複雑な要素がかみ合って「一応の全体最適」としてビジネスを運営しているがゆえに、何かを部分的に変えようとしても反発が起きたり、元に戻ったりするのが経路依存性といえる。
「例えば多くの会社が目指している、ダイバーシティ経営が好例ではないでしょうか。ダイバーシティ経営は、ただ多様な人材を採用するだけでは実現しません。新卒一括採用や終身雇用、評価制度や働き方を見直さないことには、多様な人材が活用できる環境とはいえませんから。思い切って全部を改革する意識がないことには、経路依存性にとらわれて、トランスフォーメーションは進みません」(入山氏)
全てを改革する。その上でカギになるのが、CxO層の「兼任」だという。というのも、例えばDXを進める際、日本企業はデジタル部門と他部門のトップが別であることがほとんどだ。そうなると、担当役員同士が意見をぶつけ合って、なかなか物事を決められない。特にDXでは、デジタル化で人材の評価や働き方が大きく変わることから、デジタル部門と人事部門が衝突することが多いという。
「とにかく日本は役員が多すぎます。DXがうまくいっている企業は、CIOが人事のトップを兼任しているケースもあるんですよ。クレディセゾンの小野さんが良い例ですね。CIOのはずなのに、いつも人事の話をしているくらいですよ(笑)」(入山氏)
ClipLine株式会社の子会社で、サービス業向けのコンサルティングを行っているChain Consultingの経験から、高橋も「確かに、経営改革に人事改革が絡む案件は多いですね」と話す。
「人手不足を解消しようとしたとき、スキマバイトや時短社員、地域限定社員を採用するプランが考えられますが、そうなると従来の制度では対応できません。そんなとき、営業本部や社長だけでなく、人事部門も協力的だと、支援がスムーズに進む印象があります」(高橋)
「少々乱暴ですが、日本企業にまともなCHROは本当に少ないんですよ。終身雇用で人材を戦略的に確保する、育てる必要性がなかったことが原因なのですが、今後はいかにCHROがデジタルの視点も持てるかが、DXのカギだと思います」(入山氏)
両者の話を受け、会場からは「デジタルを管掌しているが、コーポレート部門と折り合いが悪い。どんなことから取り組むべきか」と質問が出た。
「簡単で安いものでいいので、とりあえず導入して結果を出すのが良いと思います。すると、コーポレート部門もデジタルの威力に気付き、味方がどんどんと増えていくはずです」(入山氏)
「私どもが現在支援しているお客さまでも、同様のケースがありますね。野菜加工工場のDXに取り組んでいるのですが、加工そのものをデジタル化するのはハードルが高いんです。そこで、加工工程はあくまで“本丸”として、工場の入り口や周辺の部分からデジタル化や標準化に取り組んでいます」(高橋)
現状、まだまだ DX が進んでいるとはいえず、人手不足にも悩む日本企業だが、入山氏はこのタフな状況こそが、逆にチャンスでもあると話す。
「人手不足にも悩んでいるからこそ、DX による生産性向上の余地は大きいといえます。また、デジタル競争はこれまでスマホの中で戦っていましたが、これからの第2段階はIoTとIoH(Internet of Human)の時代です。
IoT としてあらゆるモノ、現場にデジタルが入り、モノづくりが強い日本にとって追い風といえます。もう一方のIoHでは、人の仕事にデジタルが入り込み、余分な作業はどんどんとなくなるはずです。そうなると、おもてなし大国として知られる日本の現場力が強みを発揮されるのではないでしょうか」
デジタルが人の仕事をどんどんとなくしていくことは、ホワイトカラーの消滅も意味すると入山氏。答えがあり、かつ標準的な作業やデータの大量処理などは AI が最も得意な領域であり、今後生成 AI がさらなる進化を遂げることを考えれば、確かに現実的な予想だ。しかし、だからといって人材を解雇するのは簡単ではない。そこでポイントになるのが、「ホワイトカラーのブルーカラー化」だという。
「今後、人が少ないからこそ現場の価値が高まるはずです。事実、もうすでに建設現場などでは激しい人手不足なんですよ。そこで、ホワイトカラーの『知的ブルーカラー化』が進むと考えています」(入山氏)
「単に現場で作業をするのではなく、テクノロジーが入り込んだときに生まれる変化への柔軟な対処、現場に行かないと分からないような問題を解く、といった業務に従事するイメージですよね」(高橋)
ホワイトカラーの知的ブルーカラー化とともに、今後人間が担うべきものの例として「感情労働」も挙がった。
「私が最も尊敬している経営者の 1 人である、ロイヤルホールディングスの菊地唯夫さんが、ロボットなどによって肉体労働が減っただけでなく、頭脳労働も今後AIが代行するんだとおっしゃっていました。そこで人間に残されるのが感情労働です。特に小売りや外食は、感情で訴求するのが重要になると考えています。
大学の授業でも、理屈よりもパッションを持つ重要性を説いています。理屈だけなら AI で十分ですし、いかに感情に訴えて『この人についていきたい』『この人を応援したい』と思わせるかが、私たちのこれからやるべきことだと思うんです。サービス業でいえば、気持ち良い接客にきめ細かい対応、などでしょうか」
その他、入山氏は「知の探索」も人間ならではの仕事だと話す。知の探索とは、さまざまなものを組み合わせて試すこと。もう一方に、深掘りや効率化を追求する「知の深化」という概念があり、これまで日本企業は深化に終始したからこそ、イノベーションや進化が生まれにくかったのだという。
「現場を見る、人の話を聞くのは、AIにできない、人間ならではの仕事です。そももそも AI の仕組みは結局ディープラーニングであり、これは失敗しないように、最適化を目指す仕組みですよね。
そう考えると、失敗も人間の特権です。失敗を恐れずいろんなことを試してみる。そして、もし失敗しても責任を持って『なぜ失敗したのか』『次はどうするのか』といった説明し、次に向かえば良いんです」(入山氏)
経路依存性にとらわれず、人間ならではの仕事に取り組めれば、日本企業の将来は決して暗くない。入山氏は講演の最後を「これからはデジタル化が進み、現場の強いサービス業が生き残る時代が来るはずです。伝統的に現場が強い国である日本が、再び世界に羽ばたくチャンスといえるでしょう」と締めくくった。
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