サービス業のDXで重視すべきは
「効率化」だけではない
事例で学ぶ「質」を高めるデジタル化のポイント

<メディアセッション>

チェーンストアマネジメントの
DXトレンドと実行力を生み出す打ち手を考える

株式会社ダイヤモンド・リテイルメディア
ダイヤモンド・チェーンストア編集長・DCSオンライン編集長

阿部 幸治 氏
×ClipLine株式会社 取締役COO 金海 憲男

チェーンストアビジネスが大きな岐路に立っている。日本経済が成熟・停滞期を迎え、労働力の長期的な現象も見込まれる中、各社はこれまでのような、店舗数の拡大による売り上げ拡大という「量」の戦略から、いかに1店舗当たりの生産性を高められるかといった「質」の戦略への転換が求められ始めている。

『ダイヤモンド・チェーンストア』『ダイヤモンド・チェーンストア・オンライン』などを運営している株式会社ダイヤモンド・リテイルメディアの阿部幸治氏と、ClipLine株式会社の取締役COOである金海憲男によるセッションでは、チェーンストアビジネスの現状や、持続的・本質的な成果を生み「質」を高めるDXのポイントを解説していく。

各社への取材を通して見えた、
チェーンストアの課題とボトルネックとは?

 セッションの冒頭では、幅広いチェーンストアへの取材経験を基に、阿部氏が現状の課題について話した。

 まず、前提としてチェーンストア、多拠点サービス業は4つの問題に直面している。1つ目が、人手不足が進行することで、生産性をいかに高めるかという問題だ。労働人口が減少する中で、もはやインフレ以外によって各店舗の売り上げを劇的に向上させることは厳しいといえる。こうした局面では、人手を減らしてコストカットに走るケースも散見されるものの、阿部氏は「縮小均衡にしかならず、本質的ではない」と指摘する。

 2点目の課題が、いかにデジタルと向き合うか、である。なかでも拙速といえるIT化によって、導入の成果や業務プロセスの不明瞭化が進んでいるという。

 「店舗の価値を高めていくには、余計な作業をデジタルへと移行し、いかに人件費を本質的な業務に振り分けるかがポイントです。この視点が抜け落ちたデジタル化により、かえって現場の負担を増やすだけのケースはよく見られます」(阿部氏)。

 3つ目の課題は、変化する働き手のニーズへの対応である。今や転職が当たり前の時代となり、特に20〜30代が管理職を目指さなくなっている。企業としては、働き手に提示するキャリアパスを多様化するとともに、髪色や服装の自由度も高めるなどしながら、「選ばれる企業」になる必要性に直面しているという。

 その上で、各店舗においては効率化とともに、それによって捻出した時間やマンパワーをいかに高付加価値につなげるかといった点も大きなテーマであると阿部氏は指摘する。それ以外には、高利益体質へのシフトとしてリテールメディアやEC・宅配サービスなどの施策に取り組むことも重要だといえる。

 こうしたさまざまな課題に直面する一方、企業の多くはなかなか解決に至っていないのが実情だ。そのボトルネックとは何だろうか。

 阿部氏が各社の取材を通して見えているものとしてまず挙げたのが、トップと現場とのコミュニケーション不全だ。トップが改革の号令をかけたり、新しいツールを導入したりしても、現場に対する理解度が低いことや、全体最適の視点が欠けていることで、かえって現場の負担感を高めるケースが散見されるという。ツール導入の際に「魔法の杖」を求めてしまって粘り強く取り組みをせず、すぐに諦めてしまうことも阿部氏は指摘する。

効果的なDXのために知るべき、チェーンストア特有の事情とは?

 阿部氏に次いで、金海はチェーンストアのDXについて解説する。

 そもそもDXは「利益の創出」という大目的に対して3つのアプローチとして「顧客体験価値のデジタル化」「業務プロセスのアップデート」「働き手の学習・教育のデジタルシフト」を行うものとして定義できるという。

 これらは全てがつながっており、従業員の学習をアップデートすることによって、業務品質が向上する。そして、業務プロセスのデジタルシフトによって、顧客の体験価値改善へとつながる。さらに顧客の体験価値を高めることによって利益が創出される——といったサイクルだ。
 本来はこうしたサイクルを念頭に置いたDXが求められている一方、多くの企業はそれぞれにバラバラに取り組んでしまい、最終的な利益創出まで有機的なつながりが生まれていないという。

 また、チェーンストアに焦点を当てて具体的に見ると、DXにおいては各拠点で生まれているバラつきをなくすことが特に重要だ。何か戦略を策定して実行する際、どうしても拠点のスキルや実行度によって、施策の効果にバラつきが生じる。
 このバラつきを放置したままだと、施策を評価する際、そもそも戦略の着眼点が悪かったのか、あるいは現場のスキルを底上げする必要があるのか、それとももっと均一的なオペレーションが必要だったのかなど、問題の特定が難しく、ROIの最大化につながりにくいという。

 こうしたバラつきをなくす上でのポイントは、チェーンストア特有の事情に着目すること。

 まず、多店舗・多拠点のサービス業では、組織がピラミッド化・砂時計化しやすい特徴がある。ピラミッド化とは、経営から本部、本部からエリアマネージャー、エリアマネージャーから各現場、各現場から働き手——といった形で情報伝達が「伝言ゲーム化」してしまう組織構造を指す。これによって情報の伝達に時間がかかるだけでなく、発信元の意思が十全に現場まで伝わりにくかったり、戦略が確実に実行されなかったりすることにつながる。

 一方の砂時計化とは、エリアマネージャーや店長といったミドル層にさまざまな情報が集まることで、ボトルネック化してしまうことを指す。すると、各ミドル層の力量によって情報伝達にムラが生じ、バラつきが生まれる原因になってしまう。

 さらに、拠点が多いことで現場の実情が見えにくくなってしまい、目標が未達成の際の原因特定がしにくくなる、というのもチェーンストア特有の事情といえるだろう。

「見せる化」と動画活用で粗利と客単価が改善

 講演では、こうしたピラミッド・砂時計構造を、デジタルツールでうまく解消しながら質の高いビジネスを展開している企業としていくつかの事例が挙がった。

 まず挙がったのは、アパレル小売業の事例だ。こちらのケースでは、店舗経営に関するいくつもの指標をデータ化・集計し、偏差値としてまとめた上で、各現場に「見せる」化しているという。

 ここでのポイントは、単なる可視化ではなく、店舗間での差を表す偏差値としてまとめることで、より現場にとって理解しやすいものとしていることだろう。その上で、ClipLine株式会社が提供している、動画コンテンツによってナレッジマネジメントを強化するツール「ABILI Clip」を使い、現場への情報伝達や教育などを実施しながら、バラつきの低減と全社の底上げを行っている。

 ABILI Clipでは、店舗でのあいさつなどで模範となる所作を動画で示し、さらに各現場でもどのような所作をしているか動画で挙げてもらうという、双方向性の教育を実現している。また、自社の商品ラインアップや想定ターゲット、狙いなどを本部から直接現場へと届けることで、ピラミッド・砂時計構造の解消に努めているという。

 これらの取り組みの結果、各店舗の偏差値がどんどんと平準化され、粗利の改善や客単価の向上といった成果が生まれている。

店舗同士の切磋琢磨を生み出すことで、現場が活性化する

 消費者から生鮮食品において高い評価を受けているスーパーマーケットチェーンのオオゼキの事例も挙がった。

 オオゼキには、社内に「オオゼキは人で売る」という言葉があるといい、コモディティ化しているスーパー業界の中でも、人材の能力を最大限に発揮してもらう環境を整えることに注力している。業界平均と比較して3倍ほどだという営業利益率の背景には、こうした取り組みがあるのだ。

 そして、その取り組みを支えているのが、先の事例同様にABILI Clipだ。

 例えば、バックヤード業務の一つである魚の切り方、総菜の作り方や、効率的なレジ打ちの方法などを動画で共有しているだけでなく、売り場ノウハウの共有も行っている。

 「バレンタイン時期にチョコ売り場を作る際、ある店舗では売り場の前で店員さんがマイクを持ってアピールしているというケースがありました。それを見た別の店舗が『うちはコスプレして販促しよう』となり、さらにまた別の店舗は『うちはコスプレする店員を2人に増やして、もっとアピールしよう』といった形で、どんどんと施策の横展開とアップデートがなされているとうかがっています」(金海)

 その結果、ある商品ではABILI Clipの導入前後で売り上げが300倍になったものもあるという。いかに、店舗同士が取り組みを共有し合う体制づくりが重要か分かるデータといえる。

 チェーンストアでは、初めて現場に立つ不安を覚える働き手も多い。そんな中で、こうした動画による仕組みがあれば不安感の低減にもつながるだろう。実際、あるコンビニチェーンでは外国人の教育にABILI Clipを使ったことで新人の熟練度を高め、その結果新人が起因するクレームが減少し、離職率が下がった事例もあるという。

縮小均衡に向かうのではない、人をエンパワメントするDXを

 またある飲食系企業では、ABILI Clipと合わせ、同じくClipLine株式会社が提供しているデータダッシュボード「ABILI Board」を活用して、課題の特定から解決までを一気通貫に解決している。

 ABILI Boardとは、売り上げや利益といった結果指標の他、それらを構成するKPIなど、多種多様なチェーンストアのデータを可視化できるダッシュボードシステムだ。これにより、例えばピーク時間の人時売上が伸び悩んでいる店舗の問題が、売り上げ予測にあるのか、シフトの組み方にあるのか。はたまた、働き手のスキル不足なのかなど、各要素が複雑に絡み合う中でも特定しやすくなり、本当に効果的な施策へとつなげやすくなる。

 その上でABILI Clipも組み合わせることで、この企業では特定した課題を、動画を交えたナレッジマネジメントの強化によって解消へとつなげているという。

 ここまでの事例を踏まえ、金海はあらためてチェーンストアにおけるDXのポイントとして「まず転んでしまわないこと」を挙げる。つまり、まずは現場にとって受け入れられやすいものから始め、それによって生まれた時間や人手を、これまでできていなかった、緊急性は低いが重要性が高いものに当てていく、といったやり方だ。阿部氏は次のように話す。

 「ボトルネックを特定して改善サイクルを回していくのは、簡単ではありませんがどんどんと成功事例が現れ始めています。まずは取り組みやすい効率化から始め、全社最適を考えながら深化させていくのが良いでしょう」

 金海も次のように話し、講演を締めくくった。

 「組織を変える、変化を生み出すというのは難しいものです。しかし、過去30年ほどのデータを見ると、適切な改革へと着手できた企業は、他の企業と比較して着実な成長の道を歩んでいます。

 そこで昨今のポイントとして理解しておくべきなのが『人がいらなくなるDX』、つまり効率一辺倒の取り組みで縮小均衡へと進んでしまうのではなく、反対に『人をエンパワメントするDX』によって、競争力を高めることでしょう。そうした領域に貢献する『サービステック』を我々は提供しています。

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