「カオス」を乗り越え、
デジタル戦略を成功に導くには?

リテールテック先駆者に聞く

<トークセッション>
リテール×デジタル戦略の先駆者と
サービス業の未来を考える

ニューリテール株式会社 ファウンダー兼代表取締役CEO 
 元 ラオックスホールディングス株式会社 代表取締役社長
   元 シャディ株式会社代表取締役会長

飯田 健作氏

ClipLine株式会社 執行役員 CSO
植原 慶太

 これまでリテールテックといえばECがメインだったが、昨今はさまざまなツールがSaaSで廉価に提供されたことで、実店舗のDXが急速に進展しつつある。一方で、選択肢が多いからこそ「何をすべきか」の軸を定めないと、個別最適の取り組みにとどまり、顧客体験の向上など本質的な成果に結び付かない。
 今回は、自社で実店舗を運営するとともに、最新のリテールテックを活用・提供し、理論と実践の両面からリテールテックの最前線を走るニューリテールの飯田健作CEOと、ClipLine株式会社の執行役員CSO・植原慶太による講演を基に、サービス業におけるデジタル戦略の立て方や生き残るための条件を探っていく。

デジタル戦略は「現場目線」を盛り込んで進めるべし

 現在はニューリテール株式会社のファウンダー兼CEOを務める飯田氏が、古巣のアクセンチュアからリテールの世界に飛び込んだのは2010年頃だった。当時を振り返り、飯田氏は「ちょうどクラウドサービスが出てきたり、通信速度が高速化したり、プロセシングスピードが劇的に上がったりしたタイミングで、且つ、日本企業がECに本格的に取り組み始めた時期でもありました」と話す。

 その後、ウォルマートジャパンや日本トイザらス、ウォルト・ディズニー・ジャパンなど名だたる企業を経験し、eコマースやマーチャンダイジングのデジタル化を推進し、ラオックスHDの社長などを経て2023年にニューリテール株式会社を創業した飯田氏。同社では、アジア20各国以上の食品をワンストップで扱うリテール「亜州太陽市場」を運営するとともに、データサイエンス組織を設けてデータ活用とPoCを実践。製品やサービス開発組織も有しており、理論と実践の両面から、リテール業界の最前線を走っている。

 そんな飯田氏が国内リテール業界の現在地として示したのが「人手不足」「DXの消化不良」「インバウンド対応」の3点だ。このうち飯田氏が特に重要だとする人手不足について、植原はClipLine株式会社で実施した調査結果を示し 「サービス業で働く方を対象にした調査で、勤め先の課題として最も回答が集まったのが人手不足で、数ある課題のうち、飛び抜けていました」と話す。

 同調査では、人手不足の他にも生産性向上や、現場のエンパワーメントといったテーマを課題として捉える人が多いことも明らかになった。課題が山積しているだけでなく、それぞれに対してさまざまなアプローチがある中、サービス業がデジタル戦略を考える上ではどこに軸足を置くべきなのか。飯田氏は「本部と現場の違いを理解すべきだ」と話す。

 「本部の考えと現場のペインは、往々にしてすれ違うものです。この点をしっかりと理解して、現場の意見をしっかり聞くことから始めるべきでしょう。例えば、現場はとにかく顧客が幸せになり、また自分たちも楽しく働ける環境を求めているものです。この点を理解して、ただ『新しいツールを導入したから、使ってね』ではなく『これを使えばお客さまに喜んでもらえるし、現場も楽になる』というコミュニケーションをするだけで、定着の速度に大きな違いが出るはずです」(飯田氏)

実店舗の強みである「接客」の価値を伸ばす、ニューリテールの取り組み

 セッションではニューリテールの事例を交えながら「人の価値を最大化するテクノロジー活用」にも話が及んだ。

 この点について、亜州太陽市場では店舗に設置しているセキュリティカメラのデータをクラウドへアップし、AIの解析を通して接客品質の向上を行っている。具体的には「顧客が入店した際にしっかりと接客できているか」に加え「接客を受けずに退店した人にもし接客してたら、購入率は上がっていたか」などを分析しているという。

 数ある施策の中で、なぜカメラに取り組んでいるのか。飯田氏は次のように説明する
 「コンバージョンなどKPIの計測はECが先行しましたが、今や低コスト化が進み、実店舗でもできるようになりました。そもそもコンバージョンでいえばECだと1〜2%で、実店舗では25%や、目的買いの場合は75%に達することもあります。

 これはなぜかというと、やはり接客の力なんですよ。ECにもレコメンデーション機能などはありますが、やはり実際に人が接客してくれるのは大きな価値であり、店舗における最大の財産です。この強みを最大化するツールとして、カメラに目を付けました」

 カメラ以外で取り組んでいるのが、店頭に掲示するポスターや商品POPなどへの生成AI活用だ。こちらに関しては、まだ活用方法が確立していないながらも重要性の高いテクノロジーという認識から「とにかく触る」スタンスで取り組んでいる。

 「商品POPやポスターを複数パターン作るときなどに活用しています。もちろんAIが作るものに粗があったりもしますが、こうしたエラーを許さずに厳密に修正するように指示すると、現場にしわ寄せが行ってしまいます。ある程度おおらかな気持ちで思い切って活用するのも、現場にデジタルを定着させるヒントだと感じますね

増え続けるデータ、しっかり活用するには「スモールスタート」から

 ニューリテールのようにテクノロジーを活用しようにも、うまくいかない企業は多い。特に、個別最適でツールを導入してしまい、かえって管理の負担が増大するなどは「あるある」だ。この点について、再び植原からClipLine株式会社の調査結果が示された。

 調査結果によると、日ごろ現場のデータを集計・分析して、意思決定や経営判断に生かせていると回答した人は7割に達した。一方で、集計や分析の方法はスプレッドシートやExcel頼りだと回答した人も多く、本質的なDXには程遠い状況だ。

 まず個別最適を防ぐ方法について、飯田氏は「現在は使えるものやできることが増え、軸がないと現場の負担だけが高まってしまいます」と話し、自社ではセキュリティやネットワークといった「インフラ」に加えて「業務生産性」と「顧客接点」の3軸に整理していると話す。あれもこれもと手を伸ばすのではなく、大まかにでも整理して、その範囲内で投資や施策のバランスを考えるのは、多くの悩める企業にとってヒントになりそうだ。

 取得できるデータが増えながらも活用が進んでいないという課題に対して、飯田氏は「スモールスタート」をヒントに挙げる。いくら有用なデータがあっても、とにかく現場が忙しく、そこまで目が行き届かないもの。それに、現場でも日々データには接している。

 そんな中で「おっ」と思わせるには、どんなに小さいものでも良いので、データを使った施策を行って成果を生み出してみる。すると、データを活用して業務改善する機運が自然と高まりやすいという。

人にしかできない「顧客接点」が、サービス業の生き残るカギ

 デジタル戦略の軸を定め、かつ強力に推し進めるにはリーダーシップも求められる。自身が旗振り役としてさまざまなプロジェクトを実施してきた飯田氏は、この点についてどう考えているのか。

 「何をするにも、クリアな道筋が見える必要があります。例えば、意思決定に至った背景やロジックなどが挙げられます。これらを観念的にではなく定量的にクリアにして、現場まで浸透させる。何をすればどんなインパクトが生まれるのかが明確になれば、自然とみんながアクションするようになるはずです」

 リテールとテクノロジーの今後については、顧客接点の重要性が増していくだろうと飯田氏は見ている。良い体験を積み重ねれば、顧客は「好き」と感じ、自社のファンになってくれる。そのためには、現場の負荷を改善するツールを入れ、余剰時間を生み出して顧客接点に注力できるような仕組みづくりが求められる。

 「先ほど、デジタル投資の軸として『インフラ』『業務生産性』『顧客接点』の3つを挙げましたが、最終的には顧客接点にどれだけ投資できるかがポイントだと考えています。顧客の印象に残る良い体験は、分解していくと結局、人間にしかできない仕事です。現場で働く人も、そのような仕事をしたいと願っているはずで、いかに支援できるかが、生き残る企業の条件でしょう」

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