サービス業の根幹「現場力」を高めるには?
ドトールコーヒーのユニークな取り組みからヒントを探る
店舗の"現場力"を高めるサービス業DXとは?
ドトールと考える、人の力を最大化するための
テクノロジーとの向き合い方
株式会社ドトールコーヒー 取締役 店舗運営本部 本部長
長谷川 知弘氏
トリノ・ガーデン株式会社 代表取締役
中谷 一郎氏
ClipLine株式会社 取締役CSO
植原 慶太
先行する業界に続いてデジタル化がサービス業界でも進む一方、これから問われるのは「人間に残された、人間ならではの仕事」を通して、いかに付加価値を高められるかだといえる。それには現場で働くスタッフたちの意識を高め、主体的に活動できる仕組みづくりが重要だ。
株式会社ドトールコーヒーの取締役である長谷川知弘氏と、同社の取り組みを支援しているトリノ・ガーデン株式会社の中谷一郎社長、ClipLine株式会社の取締役CSOである植原慶太によるセッション「店舗の”現場力”を高めるサービス業DXとは? ドトールと考える、人の力を最大化するためのテクノロジーとの向き合い方」を基に、ヒントをお届けする。
ドトールコーヒーの長谷川氏は、同社がDXを進めるに当たって前提としていた部分について、次のように話す。
「当社は2022年に新たなスローガンとして『すべての今日を、支えていく。』を掲げました。当初はインナー向けに限定したものでしたが、1年後に日本経済新聞に全面広告を出し、社外にもアピールし始めています。私たちのDXではこのスローガンに立脚し、実現する上で必要な『2つの価値』を向上させる狙いでDXに取り組んでいます」
長谷川氏が2つの価値として挙げるのが「機能的価値」と「情緒的価値」だ。前者はもともとドトールコーヒーが強みとしてきた部分であり「おいしい商品」「素早い提供」といったものが該当する。一方の情緒的価値としては「接客を受けたときに感じる居心地の良さ」など、主に感情面の価値が当てはまる。
このうち機能的価値に関しては、カメラ映像を活用したオペレーションの改善などに強みを持つトリノ・ガーデンと取り組んだ。その理由について、長谷川氏は次のように振り返る。
「ドトールコーヒーが店舗の運営レベルを判定している基準として、『3つの魅力』というものがあります。商品と店、そして人の3つです。これまではその評価をSVの臨店や個人的な勘などどうしても暗黙知、定性的なものに頼っている部分がありました。このままではノウハウが途絶えるリスクもあると考え、形式知へと置き換える狙いでトリノ・ガーデンにお声がけした経緯があります」
トリノ・ガーデンの中谷氏はこれを受け「ドトールコーヒーのケースでは、いかに再現性を担保するか、に力点を置いて取り組みました」と話す。
中谷氏によると、サービス業は「変数の塊」であり、例えば店員がマニュアルに定められたオペレーションや声掛けを徹底できないのは、個人個人の能力や意欲といったものが根本原因ではなく、他の部分で負荷がかかっているからだという。
店舗設計や運営、人材教育などあらゆる変数を紐解いていくことでこそ原因を特定できることから、トリノ・ガーデンでは、カメラを用いて現場の従業員の一挙手一投足、声がけの一言一句まで細かく計測調査のうえ分析している。
ドトールコーヒーのケースでも同様に、従業員の動きを分析し、オペレーションの実施度にバラつきがあるケースを分解していった。中でもユニークなのが店舗設計の見直しだ。
「動画を目視で計測していくなかで、例えば『脊柱起立筋』という筋肉への運動負荷が大きいことが分かりました。その結果、勤務中の身体負担が高い傾向にあり、新たな店舗では脊柱起立筋への負担を下げるようなレイアウトに変更しています。
こうした小さな工夫ひとつで、商品の提供速度などオペレーションは大きく変わるのです」(中谷氏)
「従来、ドトールコーヒーは商品数が少なく、オペレーションもシンプルでした。それが時代の変化でどんどんと複雑化して、知らないうちに従業員(ドトールコーヒーでは「パートナー」と呼ぶ)への負担も高まっていたことがトリノ・ガーデンのデータから分かり、非常に助かりました。データを見ていると、これまで何となくでやっていたことが実は科学的に正しかったのだと分かることも多く、新鮮でしたね。S Vやパートナーも『俺の若いころはこうだった』と伝えられるよりデータを交えた方が腹落ちできて、非常に納得感を持ちながら改善を進められたと感じています」(長谷川氏)
情緒的価値の向上について、長谷川氏は「当社は非常にステークホルダーが多いので『皆さんとのエンゲージメントをいかに高めるか』を意識して進めました」と話す。具体的には3つの要素に着目して取り組んだ。一つが、経営者の覚悟を示すこと。続いて、メンバーが「やらされ感」ではなく、主体的に実践できる仕組みを作ること。最後が、コミュニケーションを綿密に行うことだ。
セッションでは、2つ目の主体的に実践できる仕組みに関する具体例が紹介された。それが「CS AWARD」だ。同アワードは年に一度、ブランドスローガンを体現するパートナーを称賛する機会として実施している。
「とはいえ、優秀なパートナーを選ぶことが目的ではありません。1000店舗以上ある中で、働く方々の努力を称賛し、ドトールコーヒーで働く誇りを持ってもらうこと。加えて、横のつながりを持つ機会として、切磋琢磨しながら成長する喜びを感じてもらえればという思いで、コンテストではありつつも育成の仕組みとして企画しています」
2024年のアワードには、835店舗、4118人が参加した。多くの店舗・従業員に参加してもらう上で苦労したのが「距離」と「時間」の制約をいかに乗り越えるかだったという。というのも、アワードに参加表明した従業員の審査は全国に75人いるSVが手分けして行う。ただ、訪問する店舗の場所や時間がバラバラでSVの大きな負担となっていた。
そこでClipLineが提供する動画プラットフォーム「ABILI Clip」を導入した。ClipLineの植原は次のように説明する。
「従来は本部から開催の案内があり、参加表明したパートナーの審査やフィードバックを、SVが現地を訪問して行っていました。これをABILI Clipによって、リモートかつ非同期で実施できるようにしました。
具体的には、まずSVや各店長のアワードにかける思いを動画コンテンツにして、参加するパートナーに見てもらい、審査のポイントなどもインプットした上で皆さんのオペレーションをアップロードするフローです。SVはそれを見てフィードバックし、基準を満たし合格したメンバーにはあらためて、SVから個別にメッセージ動画を撮影してもらいました」
取り組みの結果、SVが動画をチェックした時間が日中に集中し、パートナーがアップロードした時間は午後6時以降が多かったことも分かった。従来であれば、対面で行っていたため双方の時間を調整する必要があったが、動画にしたことでお互いが都合の良い時間に取り組めるようになったことがよく分かるデータだ。
「遠方のSVが細かく指導するには限界がありましたが、タッチポイントを増やしつつオペレーションの底上げに確実につながっており、効果を実感しています。ドトールコーヒーのパートナーは7割が学生で、動画に抵抗感がないのもポイントでした。そこから店長や年上のパートナーなどにもどんどんとノウハウが広がっていき、好循環が生まれています」(長谷川氏)
機能的価値、そして情緒的価値の両面から現場力を引き出す取り組みを進めてきたドトールコーヒー。これまでの活動を振り返り、長谷川氏は次のようにポイントを指摘する
「現場力を高める上ではさまざまなソリューションがあります。これらのソリューションは、いったい誰が主体になって使うのかを考えるのがポイントです。店長なのか、SVなのか、バックオフィスのメンバーなのか――。とにかく、そうしたユーザーのやる気を引き出し、主体的にプロジェクトに参加してもらうことが重要なのではないでしょうか」
「『コミュニケーション』もカギになりそうですよね。プロジェクトを進める中で、データを通した共通言語が増えたことによって、メンバーの方たちが動きやすくなったのではないかと感じています」(中谷氏)
「確かに、共通言語は重要ですね。『俺の時代はこうだった』と頭ごなしに伝えるだけでは、絶対にメンバーは動きませんから」(長谷川氏)
今後についてはどう考えているのか。長谷川氏は「まだまだDXは道半ば」と話し、次世代を担う若手が「自分たちのブランド」「自分たちがもっと良くしていく」と実感できるような風土を醸成していきたいと意気込む。
「主体的なメンバーが経験学習をし、メンバーに蓄積されたナレッジを今回のような他社との関わりで形式知することでインテリジェンスへと変えられれば、メンバーの成長が促進され、ブランド力も企業価値もさらに高められるはずです。そのためには、役職が高いではなく主体性が高いメンバーが行動し、結果をだせる環境が大切だと考えています。」(長谷川氏)
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