「規模拡大」だけでは成長できない今、
サービス産業に必要な戦略とは?
ロイヤルHD菊地氏が語る
変化の先へーサービス産業の未来に必要な選択
〜ロイヤルホールディングス 菊地唯夫会長が語る、
これからの経営と現場の在り方〜
ロイヤルホールディングス株式会社 代表取締役会長
京都大学経営管理大学院 客員教授
菊地 唯夫氏
昨今、日本のサービス業は岐路にある。これまでは規模の拡大が成長に直結していたが、人口減少で市場と働き手の供給が縮む中、規模だけでなく質も求める方向性にシフトする必要性に直面している。そのためにはテクノロジー活用も不可欠であるが、果たしてどのように進めれば良いのか。
「SERVICE TECH CONFERENCE」でロイヤルホールディングスの菊地唯夫会長が実施した講演のレポートを基に、ヒントを探る。
サービス業におけるDXの展望を考える上で、菊地氏は「歴史を振り返るところから始めるべきだ」と話す。
日本で外食産業が本格化したのは1970年代頃、この時代は人口もGDPも増加し、外食に対するニーズも急激に高まっていた。増加するニーズに対応するためには「画一性」「スピード」「効率性」を兼ね備えた、チェーン理論に基づく多店舗展開による産業化モデルが最も高い親和性を持っていた。
当時と現在の大きな違いが「人口減少」である。日本の人口は2008年をピークに減少へと転じ、各社は働き手の確保が一段と難しくなる状況に直面している。この流れは今後も加速していくことが間違いなく「人口が増えていた時代のモデルが今後も通用するか、あらゆる産業で考え直すタイミングといえる」と指摘する。
特に外食を含むサービス業で菊地氏が提唱するのが「規模と価値」の見直しである。人口が増加する局面では、店舗数の拡大や営業日数の増加など規模を拡大するほど売り上げも伸び、業績に好影響を与えていた。つまり、規模を大きくすることこそが成長への近道だった。
人口減少局面では「質」こそがポイントになると菊地氏は話す。なぜなら、人手不足の現在は供給制約がある状態であり、むやみに店舗を増やすと人手が足りず、結果として商品やサービスの質が低下し、顧客満足度の低下を招いて業績にも悪影響を及ぼしかねない。これこそが、菊地氏がロイヤルホストにおいて24時間営業を廃止し、営業時間を短縮、さらに隔月で店休日を設けるようにした理由だという。菊地氏はこれを「規模の戦略的圧縮」と表現する。
「これまでサービス産業では規模の拡大が業績の向上につながると考えられ、多くの企業は規模を拡大してきました。しかし、一部のサービス業では規模と価値の関係は放物線のような図に近く、特定の規模を超えた以降は規模を拡大するほど、人手不足によるサービス低下や陳腐化などにより、かえって価値が下がってしまいます。ロイヤルホストでは、その点を踏まえ最も高い価値を提供できる適正な規模まで、戦略的に絞り込んだのです」
昨今のサービス業界を巡っては「稼ぐ力」の回復も急務であると菊地氏は語る。そのために重要となるのが、コロナ禍で大きく変化した「顧客ニーズへの対応」と「効率的な手法」の最適化だ。
前者については、従来「外食」「中食」「内食」と分かれていたものが、コロナ禍を契機にどんどんと境目がなくなりつつある。顧客は時間と場所の制約から解き放たれ、ニーズはますます多様化してきた。
後者については、これまで繁閑差を、パート・アルバイトの人員調整によって吸収してきた。しかしコロナ以前から人の確保が難しくなり、社員化を進める企業もあった。これは変動費が固定費へと変化しつつあることを意味し、損益分岐点の上昇につながっている。
こうした構造変化と課題に対して、唯一有効な手段となり得るのが、「テクノロジー」である。
テクノロジー活用に関して菊地氏が提唱するのが「ヒトwithテクノロジー」という捉え方だ。
従来、人間の労働とテクノロジーの関係は代替性で考えられがちだった。いわば「ヒトorテクノロジー」の二者択一といえる。しかし、労働を「肉体労働」「頭脳労働」「感情労働」の3つに分解すると、前2つはロボットやAIに置き換えられるが、感情労働は人間にしか担えない領域である。したがって、テクノロジー活用の基本は、この感情労働をいかにストレスなく、集中できる環境を整えられるかがポイントだという。
とはいえ、まだサービス業におけるテクノロジーの活用は始まったばかりだ。今後、DXがより進むことでどんな変化が考えられるのか。菊地氏は5つのポイントを挙げる。
まず一つが「波(繁閑の差)の影響の緩和」である。これまでサービス産業は平日と週末、昼間と夜間など営業時間の中で繁閑差があることで、生産性を高めるのが難しいとされてきた。これが、シェアリングやダイナミックプライシングなどで改善される。
同様に「サービスの提供と消費の同時性問題の緩和」も期待できる。サービス業は製造業のようにサービスをストックすることはできない。来店しても満席だったり、売り切れていたりすることで、顧客が不満を抱くケースも少ない。しかし、事前決済やウェブ予約、さらに冷凍技術の発展などにより、一定程度サービスをストックできる環境が整いつつあり、こうした問題の解消にもつながる可能性が高まっている。
続いて「ロングテールビジネスの可能性」にも話が及ぶ。これまでサービス業は売り上げが見込める立地の良い場所に出店し、いかに投資を回収するかに心血を注いできた。一方、昨今はゴーストレストランのように立地に依存しない業態も生まれつつある。食の領域でデジタル化が進んだことにより、投資回収のハードルが下がり、健康食や宗教食などロングテールな業態に参入しやすくなった。
その他、アプリなどによって店舗外でも顧客と関係性を持てる「顧客とのつながりの変化」や「スケール“デ”メリットの緩和」を菊地氏は挙げる。ここまで取り上げた5つのテーマは、これまで根源的に改善が難しいとされてきたものだが、テクノロジーの進化によって状況は着実に変化しつつあるのだ。
とはいえ、注意が必要なのはテクノロジーによってここまで挙げたポイントを「解消」するのではなく「緩和」を目指すべきだということだ。
一般的に顧客が感じる価値には「モノ消費としての価値=VALUE」と「コト消費としての価値=WORTH」がある。前者は「安さ」「量」といった比較可能な要素であり、どこまでいっても他社と比較されてしまう。一方で後者は他社と比較できない、より本源的な価値であり、まさに自社の「質」に直結する要素といえる。そしてこれは、テクノロジーによって変化している先に、菊地氏が挙げた5つのテーマが内包するものでもある。例えば「行列に並ぶ」「遠いところまで行かないと食べられないメニュー」「一瞬しかない貴重な体験」といった、一見すると不便に思える状況にこそ、顧客に特別な価値を感じるさせることがある。
私はDXの可能性について波の影響の「緩和」という言葉をあえて使っています。解消という言葉を使わないのは、解消してしまうとすごくつまらない社会になってしまうと思うからです。やはり、行列に並ぶ満足感や、スタッフの思いがけないサービス、一期一会など、その時しか味わえない体験こそが、本来の価値だと思いますと菊地氏は話す。
ここまでを踏まえ、最後に菊地氏は今後サービス産業が持続的な成長に向けて克服しなければならない3つの課題を示した。
1つは「供給制約(特に労働供給)」。ホスピタリティが重要なサービス業において、現場の意欲は非常に重要な要素である。とはいえ、現場に意欲がみなぎっているだけでは不十分で、そこに「余力」があってこそ、従業員はホスピタリティを発揮し、顧客に対する付加価値を高めることができる。しかし、煩雑かつ多忙な現場では、そのような付加価値の提供は難しい。そこで考えるべきことが規模の戦略的圧縮と、テクノロジーの活用である。
特にテクノロジーの活用では、先に挙げた「with」という考え方とともに、業態に合わせた柔軟な発想が求められる。ヒントになるのが「アート」と「サイエンス」だ。
菊地氏によると、外食産業には、手作り感や感性などが付加価値となるアート型の業態と、効率性やスピードなどが価値を生むサイエンス型の業態がある。ロイヤルホールディングスでいえば、前者がロイヤルホスト、後者がてんやだという。
それぞれ、DXで必要なことは異なる。ロイヤルホストで配膳ロボットやモバイルオーダーを導入することはブランドイメージを損なう可能性があり、人が価値を生み出す部分に集中できるようなテクノロジーの活用が求められる。一方、てんやのような業態では、タブレット注文や無人決済など、効率性を追求する施策が有効であり、価格面などの訴求力を高めることにつながる。
企業が「選ぶ側」ではなく「選ばれる側」へと移行することが、次のステップだ。これまで多くの企業は顧客や株主を向いて経営することが多く、働き手や取引先を企業が選ぶ立場として捉えていた。しかし、人手不足や原材料の高騰、収穫量の減少などにより、企業が選ぶ立場から、働き手や取引先に選ばれる立場へと変化している。供給制約が強まる時代においては、特定のステークホルダーではなくあらゆるステークホルダーに向き合って、選ばれる存在となることが重要なのだ。
最後のステップが「経済価値」と「社会価値」をトレードオンすること。利益だけでなく、社会貢献の視点に取り組まないことには、企業の永続的な発展は難しい。
これらのステップは一方向的なものではなく、循環している。たとえば、地域連携や共同物流網の構築など、社会貢献に取り組むことで、ステークホルダーから選ばれる企業になり得るし、それが供給制約の緩和につながる。結果として経済活動がしやすくなり、社会価値の創出に取り組む余力も生まれてくる。
こうしたスパイラルを回すためにもテクノロジーの活用が不可分であるとして、菊地氏は講演を締めくくった。
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