「量」から「質」へ
ロイヤルホールディングス菊地会長に学ぶ、
これからのビジネスとテクノロジーの活用

<基調講演>
「サービス産業の未来と経営のあり方
〜ロイヤルホールディングス菊地会長と考える”次の打ち手”」

ロイヤルホールディングス株式会社 代表取締役会長
京都大学経営管理大学院 客員教授
菊地 唯夫氏

「増収増益」のために取り組んだこと

「ロイヤルホスト」や「てんや」といった外食事業にホテル事業、さらに空港・高速道路や病院など大規模施設内で食を提供するコントラクト事業などを多角的に展開するロイヤルホールディングス。同社の2023年12月期の連結売上高は1389億円にのぼり、営業利益は6期ぶりに過去最高となるなど、アフターコロナの需要をしっかり取り込んで成長している。しかし、菊地氏が社長に就任した2010年ごろは苦しい時代が続いていた。

外食産業がピークを迎えたとされる1997年から、菊地氏が社長に就任した2010年にかけて、同社は増収減益→減収増益→増収減益——といったサイクルを続けていたという。一般的には増収すると利益も増えるものに思えるが、なぜ同社はこのようなサイクルを描いていたのか。

「理由を分析すると、この間は既存店が売上の前年割れを続けていました。それを補うために新店を出すものの、売上は増えても新店は直ぐには利益に貢献しません。そうすると増収減益となります。今度は新店を凍結し、不採算店を閉めて減損処理を行うと利益状況は改善しますが、トップラインの拡大にはつながらない。こうした持続性のないサイクルから脱却することが、社長に就任した当初のミッションだと考えていました」

そこで菊地氏がまず取り組んだのは、10年後のビジョンを考えることだった。まず目指すべきビジョンを組み立て、長期的な計画の一歩目として、3カ年の中期経営計画を立てていった。

中期経営計画では「持続的成長」を基本方針に定め、そのためにやるべきことへ優先順位を付けていった。既存事業の整理を行い、事業単位ではなくあたかもグループが有機的一体となって、答えを出していこうというのが、この中期経営計画のポイントだ。 

例えば、これまでであれば「自社ブランドの再構築」「成長エンジンの育成」「収益基盤の拡大」といった個別のテーマを全て事業ごとに実施していた。それを、自社ブランドの再構築であればロイヤルホストに、成長エンジンの育成であればてんやに、といった形で役割を分けていったのだ。

「機内食やホテル事業を磨いても、自社のブランディングにはつながりにくいものです。そこで、ロイヤルホストをロイヤルグループのブランドイメージの発信源として捉え、戦略的に店舗数を減らしつつも残した店舗に対して徹底的に投資しました。また、てんやは日常性があるブランドであることから陳腐化しにくく、インバウンドやシニアにも強いなどの特徴があることから、成長エンジンとして目を付けました」

取り組みに当たっては、市場の縮小と、既存店の不調という2点にも目を向けた。「市場の縮小は我々では変えられないが、既存店の不調という前提を変えれば良い」(菊地氏)と話す通り、キャッシュフローの大半を既存店に投資してブラッシュアップしたことなども功を奏し、同社は増収増益が続く体質へと変化を遂げていった。

量から質へ ロイヤルホストの「規模の戦略的圧縮」

中でもロイヤルホストは、これからの時代を生き抜く好例といえる。それは、これまでの時代において一種の“正義”であった「量」ではなく、「質」への転換を見事に果たしているからだ。

そもそも、人口がどんどんと減っていく時代においては、大きく2つの環境変化が起こる。まず一つが、需要の二極化だ。具体的には、少子高齢化に伴って拡大する市場と縮小する市場の2つに分かれていく。高齢者市場と若者市場、と言い換えることもできる。もう一つの環境変化が、働き手の供給に制約がかかることだ。

これら2つを前提条件とした4象限で考えると、横軸が市場の成長で右が拡大、左が縮小。縦軸は人材の供給力で上側が人材を確保しやすい、下側は確保しにくい。右上が市場拡大、働き手も確保しやすい「規模の成長」領域である。対角にある左下の領域は、働き手もいなくなるし、市場も縮小する「質の成長」を志向する領域であり、ここでは働く人が確保できない企業は市場から退出を求められる。働き手を確保する事が、これからの競争優位の1つの源泉となる。この象限では、いかに量ではなく質に目を向けて、生産性を高めていくかがカギになる。

そこで菊地氏が3つのポイントとして挙げるのが「付加価値の向上」「新規市場の開拓」「効率性の向上」だ。特に付加価値の向上は、量から質への転換と相性が良い。ロイヤルホストが店舗数を絞り、希少な食材を使った国産フェアで好評を博したのが良い例だ。店舗数が少ないからこそ、付加価値の高い商品を出しやすくなる。菊地氏はこれを「規模の戦略的圧縮」と表現する。

「付加価値の高いサービスを考える上でも、規模の戦略的圧縮は重要です。マニュアルを超えたサービスには付加価値を感じるものですが、規模が大きければ効率化のためにサービスをマニュアル化するしかありません。規模を圧縮することで、付加価値の高い商品やサービスを提供できる可能性は高まるのです」

人とテクノロジーは「OR」ではなく「WITH」

とはいえ、規模の戦略的圧縮にも限界はある。そこで活用すべきなのが、テクノロジーだ。ロイヤルグループでも、テクノロジーを使って人間が本来価値を生み出すべきポイントに集中できるような店舗の実験などを行っているという。一方で気になるのが、人間の仕事をどこまでテクノロジーで移管するか、だろう。かつて、日本人の仕事を、将来的にロボットなどのテクノロジーが半数近く奪ってしまう——といった調査結果が話題を呼んだこともある。

こうした危惧について、菊地氏は「人間とテクノロジーを『OR』の関係で考えているのではないでしょうか」と指摘する。

「ある米国の学者は、労働には『肉体労働』『頭脳労働』『感情労働』の3つがあると定義しています。私はこれから、テクノロジーによって肉体労働はロボットに、頭脳労働はAIに置き換わり、感情労働が人間に残されていくのだと考えています。感情労働は接客や教師、医師などの仕事が該当しますが、一方で非常にストレスがかかるものです。実際に店舗で従業員に聞くと、みなさんストレスを抱えているものです。ただ、そのストレスは接客や調理といったものではなく、本部への報告や片付け、掃除などに向けられています。こうしたストレスをテクノロジーに対処してもらうことで『OR』ではなく『WITH』の関係になる。そんな世界を目指していく必要があるのではないでしょうか」

より具体的には、顧客満足を考えると分かりやすい。この顧客満足について、菊地氏は「基礎的満足度」と「付加的満足度」の2つに分けて説明する。

基礎的満足度とは、食器がキレイであるとか、提供時間が適切であるとか、文字通り基本的なものだ。一方、付加的満足度は、従業員の笑顔や臨機応変な対応といったものを指す。このうち基礎的満足度をロボットやテクノロジーが、付加的満足度を人間が担うと考えれば、先ほどの「OR」から「WITH」という論が分かりやすくなるはずだ。

テクノロジー活用における「5つの視点」

テクノロジーを活用すべきテーマとして、菊地氏は「顧客ニーズの変化」と「波と損益分岐点」も挙げる。

顧客ニーズの変化とは、コロナ禍をまたいで外食・中食・内食の垣根がなくなってきたことを指す。消費者はこれまで以上に時間と場所の制約から自由になり、食の選択肢やニーズは多様化を見せている。

また、人材不足に伴い、これまでアルバイトを活用して繁閑期の調整を行ってきた各社が正社員への登用を進めている。すると、従来は変動費だったものが固定費となり、損益分岐点が高まってしまう。つまり、黒字になるためのハードルがどんどん上がってしまっているのが現状だ。

この2つのテーマについては、5つの視点を持ってテクノロジーを活用していくことが有効になる。

まず一つが、「波(繁閑の差)の影響の緩和」だ。具体的には、製造業における「在庫調整」や「需給予測」、金融業における「デリバティブ」のように、サービス業でもサブスクリプションやダイナミックプライシング、シェアリングなどを活用する取り組みが進んでいる。これらの施策を検討していくことが有効になるだろう。

次が「同時性の緩和」だ。サービス産業は、サービスの提供と消費の同時性というジレンマがある。そのため、店に行ったものの売り切れていた、あるいは行列に並ばないと食事できない、といった課題があった。こうした課題は、プレオーダーなどによって大きく緩和できる余地がある。

3つ目が、「ロングテールのビジネスの可能性」。サービス産業の中でも食は、健康食や低アレルゲンなど、ロングテールでニーズをつかむチャンスが多い。これまでは一等地に店舗を構える必要性があったため、そのコストに合わせてマスな市場を狙う必要があり、ロングテールなものにはチャレンジしにくかった。しかし、ゴーストレストランなどが出て食の領域でデジタル化が進んでいる昨今、固定費のハードルが低くなっており、ロングテールなジャンルに取り組む好機といえる。

4つ目が「顧客とのつながりの変化」。店舗の中だけでなく、アプリなどで顧客接点を持てるようになっており、付加価値の向上には欠かせない視点だ。最後が「スケールデメリットの緩和」だ。外食産業は拠点が分散しておりオペレーションも複雑なことから、必ずしもスケールを拡大することが生産性の向上につながるわけではない。そこで、データの統合などを通してデメリットを解消していくような動きが求められている。

量による成長の時代から、質に目を向けた付加価値の時代へ。ロイヤルグループの取り組みとともに、テクノロジーを活用するポイントについて、本記事では菊地氏の講演を基に解説してきた。ぜひ、自社の持続的な成長に向けた参考にしていただきたい。

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